技術を極めた先にある「食材9割」——松本栄文氏が語る、素材への敬意
三重県松阪市に、不定期で開かれる12席限定の食のイベントがあります。「twlv club」と名付けられたこの空間は、毎回異なるシェフを招き、一夜限りのコースを提供する実験的なキッチンスタジオです。
2023年10月末から11月初旬にかけて、この空間で6日間にわたる特別企画が開催されました。招かれたのは、花冠「陽明庵」主人であり、グルマン世界料理本大賞受賞作家でもある松本栄文氏。三重県に縁のある松本氏が、この地で腕を振るいました。
「料理とは形あるものを整えること」——松本氏の料理哲学
松本氏は、料理の本質をこう語ります。
「料理っていうものは整うことを料理と言います。形あるものを1つの形に整えるからこそ、整うことができれば料理なんです」
牛をそのままお皿に盛るわけにはいかない。食べやすい形に整え、生産者の気持ちを伝えていく。その過程にどれだけの独創性が入ってくるか。松本氏にとって、料理そのものがすでに創作料理です。
「食材が9割、技術1割」——極めた者だけが言える言葉
松本氏は、こう語ります。
「日本は食材が豊かだからこそ、食材が9割、技術1割で作るのが最高にうまい」
この言葉を額面通りに受け取ってはならないと、私は感じました。
松本氏は、全国のお雑煮文化を研究するために日本中を歩いた方です。若い頃から技術を賞賛され、グルマン世界料理本大賞をはじめとする数々の賞を受賞してきた。並大抵の研鑽では到達できない境地に立っています。
だからこそ、この「1割」という言葉には重みがある。技術を軽視しているのではない。むしろ、極限まで技術を磨いた者だけが到達できる境地——それが「素材への敬意」です。どれだけ技術を極めても、素材の良さには敵わない。だから素材選びには十分な力を注がなければならない。「食材9割」という言葉は、技術を極めた先にある真実を語っているように感じました。
ブルーオマールを三重で出す意味——「挑発的に」
今回のコースでは、世界最高峰とされるブルターニュ産のブルーオマールが使われました。なぜ、三重の地であえて海外の食材を出すのか。松本氏はその意図をこう説明します。
「世界にはこれだけ美味しい甲殻類がある。だからこそ地元には伊勢海老っていうものが、世界の水準の中でどういった存在の味わいなのかっていうのを比較できるように」
世界一のものを知ることで、自分たちの目の前にあるもの、自分たちの強みを振り返ることができる。松本氏は「あえて挑発的に」ブルーオマールを用意したと語ります。その他の食材は、基本的にこの街にあるものを使いました。
三重県という「食材の宝庫」への問いかけ
松本氏は、三重県の食材について深い洞察を示します。
「三重県っていうのは本当に食材の豊かな県だと思っております。これほど食材が高品質のものがこんなにいっぱい乱立している県っていうのは正直ない」
だからこそ、松本氏は問いかけます。食材がこんなに溢れているのに、なぜ過剰な表現の料理ばかりをやっている料理人が多いのか。もっと素材に忠実に見れる土地だからこそ、もっともっと素材を見て欲しい。トマト1つにしても、こういった料理の仕方があるのだと知ることで、次の表現力の触媒になる。
これは、技術を極めた者だからこそ言える言葉です。技術に溺れず、素材と向き合う。その姿勢が、三重の料理人たちへのメッセージとして込められています。
「意外とありそうで意外とない」——twlvという空間の価値
松本氏は、twlvという空間の価値をこう評価します。
「こういったレンタルスペース的なレストランっていうのは東京には意外とあるんですけれども、地方にはないんですね」
多くのシェフがここで腕を振るってきた。それは、ここから1つの刺激が生まれ、これからどんどん化学反応を起こす可能性があるということ。
「意外とありそうで意外とない空間なので、だからこそここの空間っていうのはものすごい価値を持っていると思っております。いいステージになっていくんじゃないかな」
松本氏は、twlvの今後を非常に楽しみにしていると語ります。
アストライドのミッション
「素材に素直にあれば、それでいい」
松本氏のこの言葉の奥にある深い意味に、私は心を動かされました。
技術を極めた者だけが言える「素材への敬意」。それは、長年の研鑽を経て初めて見える景色です。私がインタビュー映像を通じて目指しているのも、経営者の「素」の言葉、飾らない想いをそのまま届けること。過剰な演出ではなく、本質を伝えること。その姿勢は、松本氏の料理哲学と重なります。
私はこれまで、200社以上の経営者インタビューに携わる中で、さまざまな「想い」に触れてきました。twlvという空間で繰り広げられる特別な饗宴もまた、シェフと主催者の想いが凝縮された表現の場です。
本映像では、松本氏の料理に対する姿勢——技術を極めた先にある「食材9割」という哲学、世界最高峰との比較を通じて地元の価値を問い直す視点、そして三重という食材の宝庫への深い敬意——が、調理の手元や語りの表情を通じて伝わってきます。
アストライドは、こうした「想い」を映像として記録し、より広く届けることに取り組んでいます。
記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英
アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。
























