「動画に収めたのが一番最初のきっかけ」—YouTubeが生んだ新たな価値創出

愛知県一宮市でカーパーツの取り付けを手がけるサウンドアップの伊串裕史さんが、YouTubeチャンネルを開設したきっかけは意外にもシンプルでした。「どうやってやったらうまくいくかなとか、こういうやり方の方がいいよっていうのを動画に収めたっていうのが一番最初のきっかけで、お客さんのためにも発信した方がいいんじゃないかなと思って始めた」。この純粋な動機から生まれた情報発信が、現在1万7千人の登録者を持つチャンネルに成長し、千葉から兵庫まで顧客が訪れる独自のビジネスモデルを築き上げています。

カーアフターマーケットの情報格差という土壌

2024年の取材時点で、カーアフターマーケットには深刻な情報格差が存在していました。車メーカーが「車だけでいい、逆に車も買わなくていい、サブスクでやってください」という完結型サービスを推進する中で、「自分でオーディオとかナビとかは自分で選びたい」という顧客は情報を求めて右往左往する状況にありました。

ディーラーは「交換できない」と断り、量販店も「やったことないし、情報がないのでできない」と対応を拒む。そんな業界の隙間で、伊串さんのYouTube発信が果たした役割は単なる情報提供を超えています。「お客さんもやっぱり情報としていろんなところに問い合わせをしてみているそうなんですね。でも、それがYouTubeっていう媒体で僕がやってるのを知って、このサウンドアップさんに聞けばなんとかなるんじゃないかという思いで問い合わせが非常に来てる」という状況は、情報発信による価値創出の典型例といえます。

「見えるお店」という圧倒的な差別化

伊串さんが達成した最大の成果は、技術の「可視化」による信頼獲得でした。「取り付けやってるところが見えるお店と見れないお店があります。じゃあどちらにお願いしますか?ってなった時に、三郎さんにお任せすれば、こんな動画みたいな感じでやってくれるんだなというのが分かりやすい1発で分かるんですね」

この言葉が示すのは、YouTubeという媒体が単なる宣伝ツールを超えて、「品質の証明書」として機能していることです。多くのインタビューを重ねてきた経験から見ても、自らの技術プロセスを完全に公開する経営者の姿勢は極めて稀有でした。一般的に職人は技術を秘匿しがちですが、伊串さんは逆に透明性を最大の武器としたといえます。

「ぱっと見後付け感がない」技術への確信

YouTubeでの発信を支えているのは、自らの技術に対する絶対的な確信です。「ぱっと見後付け感がないというんですかね。そこの配線にそって後で手を加えたことの無いような感じで仕上げるっていうのが非常に達成感があり、非常に自己満足ですけど、非常に嬉しい感じですね。美しくもあり、アーティストな部分もある」

社外品の取り付けでは詳細な説明書が存在せず、「やろうと思えば適当にできちゃう」状況にありながら、「動画で出てる僕本人が動画のようにやってもらえるっていう部分がお願いする側から見ても助かる」と語る通り、動画品質と実際の仕事の品質を一致させることで、顧客の期待値管理に成功しています。

「一緒にやっていく」共創の新境地

YouTube発信がもたらしたもう一つの価値は、顧客との関係性の質的変化でした。「お客さんもその普段やってらっしゃる仕事の中ではプロなわけですから、違う視点が見えてくるというか、会話の中に混ざってくると新しい何かが全然取付とは関係ない時もありますけども、一緒にやっていく」

この発言からは、YouTubeによって引き寄せられた顧客が、単なるサービスの受け手ではなく、対話を通じて新たな価値を共創するパートナーへと変化していることが読み取れます。同業者からも「YouTube見ましたよってよくよく言われることがあって。みんな結構同業者の事とか取付のこととか関心事として普段から毎日見てるんだな」という反応があることからも、業界全体の知識向上に貢献している様子がうかがえます。

「非常にコスパは悪い」からこそ生まれる価値

興味深いのは、伊串さんがYouTube活動について「非常にコスパは悪いです。時給換算すると非常に悪い」と率直に認めながらも継続していることです。「何でかって言われても、なんで?って答えがないのと一緒で、最初に自分の人生みたいに仕上げるというのがやっぱ根幹にありますので」という言葉からは、短期的な収益性を超えた長期的なブランド構築への意識が感じられます。

この「非効率」こそが、競合他社には模倣困難な参入障壁を築いている可能性があります。効率化を重視する多くの事業者にとって、時間をかけた丁寧な動画制作と情報発信は敬遠される傾向にありますが、だからこそその価値は希少性を持つのだと感じます。

YouTubeが示す新しい専門サービスの形

サウンドアップの事例は、専門技術を持つ小規模事業者にとって重要な示唆を提供しています。YouTubeによる情報発信は、地理的制約を超えて全国から顧客を呼び込む力を持ち、価格競争から脱却して独自価値で勝負する道筋を示しています。

また、技術の公開が競合優位を損なうどころか、むしろ信頼獲得と品質証明の手段として機能することも証明しました。デジタル時代における「顔の見える関係」の構築方法として、YouTubeというプラットフォームが持つ潜在力を最大限に活用した事例ではないかと思います。

伊串さんの歩みが投げかけるのは、情報の非対称性を利用するのではなく透明性によって価値を創出する可能性、そして効率性よりも品質と関係性を重視するビジネスモデルの有効性という、現代のデジタル経営における新たな選択肢ではないでしょうか。

記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英

アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。