インタビュアーの視点 – 伊勢製餡所株式会社|吉村弘子氏

三重県伊勢市河崎に本社を構える伊勢製餡所株式会社は、大正13年(1924年)創業の老舗製餡所です。業務用・家庭用の餡(あん)の製造・販売を手がけ、代表取締役社長の吉村弘子氏は、創業家の4代目として、100年続く企業の哲学を継承し、次世代へと繋いでいます。

河崎地区は、江戸時代から「伊勢の台所」と呼ばれ、参拝客の食を支えてきた商人町。勢田川の水運を活かしながら全国から集まる物資の集散地として栄えた歴史を持ちます。

製餡業界の現状

2022年の取材当時、和菓子業界は原材料高という厳しい状況に直面していました。数年前に発生した「あずきショック」では、台風の影響で小豆の収穫が激減し、仕入れ価格が倍以上に跳ね上がりました。多くの製餡業者が台湾産や中国産の代替品に切り替える中、伊勢製餡所は最高級小豆「雅(みやび)」を使い続けました。

どんなに高くても絶対雅を使う

「こんなに高いけど、どうするって言って、みんなそういう風にしてるけどって言ったら、それでも絶対雅を使う。値段に左右されて、安いものを使うとか、他の原材料を使う、そういう場合、一切しない」

先代会長が下した決断の言葉です。この判断が、取引先との信頼関係を守っています。

伊勢製餡所の餡は、小豆と砂糖と水だけ。添加物は一切使いません。北海道十勝産の最高級小豆「雅」の新物に、上白糖、そして日本一の清流と称される宮川の伏流水をふんだんに使用します。

「粒あんを炊くときは、雅という小豆を、しかも10月ぐらいに取れる新物を使っています。2月よりも粒が大きくて、小豆の風味がしっかりなんです。美味しいところがギュッと詰まっている」

朝、皆さんがここを通勤とかで通っていくと、「いい匂いやなぁ」と言われる。この匂いが、伊勢製餡所の餡の特徴を物語っています。

気持ちが入らな、いいものは出来やん

良いものだけを使っても、それだけでは意味がありません。

「気持ちが入らな、いいものは出来やん」

吉村社長の母親からの教えです。一つ一つの工程に魂を込め、小豆と真摯に向き合う姿勢が、他では味わえない餡を生み出しています。

「湿気の多い時期と、乾燥している時期とでも、やっぱりいつも一緒のあるべきじゃないので、小豆の顔を見ながらね、時間の調整したりだとか、水の量を変えたりだとか。まあ、職人の昔からのやり方です。タイマーも使わないし、手の感覚でやる」

小豆を何度も洗う工程では、浮いてきたら落とし、浮いてきたら落とし、何回も何回も繰り返します。これも皆、タイマーとかでやられると思うけど、うちは手の感覚でやってく。機械に頼らない。昔からのやり方です。

「小豆を釜で炊いて、砂糖の窯に移し替える時に、ポンプアップすればラクじゃんって言うところ、あんこ屋さんもみんなポンプアップでやるのに、どうしてウチはこんなことをするの。やっぱりね、小豆の粒が潰れちゃうんですよ」

手作業で小豆の粒を守る。この姿勢が、綺麗な粒あんを生み出す秘訣となっています。

何か自分も残したい

吉村社長が家業に本格的に関わるようになったのは、30代前半の時でした。

「ずっと日本舞踊とか、お花とか、お茶とか、させていただいていたので、商売はまあ腰掛程度で行って」

しかし、大病を患ったことを機に、考えが変わりました。

「私、このままもし死んでしまったら、ここの吉村の歴史に、私という人は確かに存在したけど、ただ日本舞踊の先生とかをしてて、なくなったようなって言うので、ちょっと寂しいじゃないですか。で、もう、まてよ、私もここで何かしたいなと思って」

この転機が、吉村社長の人生を変えました。家業の歴史に自分の足跡を残したい。この願いが、全国展開への挑戦を決意させました。

全国展開への挑戦

「もっと日本全国の人に、うちのあんこを食べてほしい。こんなおいしいあんこやのに、伊勢だけでこう小さくやってるのかなと思って」

吉村社長は父に相談し、小袋にして全国に売ってみてはどうかと提案しました。

初めて行ったのが、東京の紀伊国屋さん。スーパーに行くと、素敵なパッケージがあって、あれを見た瞬間に、ちょっと引いてしまったと言います。

「うちの商品で、これいけるのかなぁとか。実際買って食べなくちゃいけないんですけど、よそさんのメーカーさんのあんこを食べるのが、その頃は怖くて怖くて」

でも、母に持って帰った時の反応が転機になりました。

「母が食べた時に、『これなら負けへんで、絶対大丈夫』って、どこへ出しても負けないから」

母の言葉に背中を押され、自信を持って営業に臨みました。すぐ取引してくださって、紀伊国屋さんが一番目立ったそうです。

信じたことをまっすぐ進んできた

「自分の思ったことをまっすぐ、進んでいきたって言うのが」

先代から受け継いだ姿勢です。この姿勢が、あずきショックで価格が倍以上になっても、最高級小豆「雅」を使い続ける判断の背景にあります。

「心さえあれば、いいものができると。人間の真心が込められていれば、いいものができる」

吉村社長はそう語ります。この想いが、一つ一つの工程に魂を込め、小豆と真摯に向き合う姿勢に結実しています。


アストライドのミッション

「どんなに高くても絶対雅を使う」という先代の決断。「気持ちが入らな、いいものは出来やん」という母の教え。そして「何か自分も残したい」という吉村社長の想い。これらが重なり合い、100年続く老舗の価値を支えています。

数字やデータでは測れない「想い」こそが、事業を永続させる力であることを、これまで200社以上の経営者インタビューを重ねる中で実感してきました。

吉村社長のように、先代から受け継いだ言葉を守り、自ら道を切り拓いていく姿勢。その姿勢を映像として記録し、未来に伝えていくことが、私たちの使命です。

記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英

アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。