インタビュアーの視点 – 田中観月堂|田中正一氏
三重県鈴鹿市の近鉄白子駅東口近郊に、明治中頃から続く和菓子店があります。田中観月堂。四代目店主の田中正一氏は、地域の文化や産物を、お菓子を通じて知ってもらう「橋渡し」になりたいと語ります。
四季を感じられる鮮麗な生菓子をはじめ、桜餅や最中など定番の和菓子も取り扱っています。店舗内には茶室を構え、掛け軸に「喫茶去」とあり、田中氏の茶道への深い造詣が見て取れます。
和菓子業界の現状
日本の和菓子市場は約1兆円規模を維持しています。地域和菓子店は、大手メーカーとは異なる独自の価値を持ち、業務用と家庭用の両方で需要が存在します。季節性が強く、年中行事や地域の祭事と密接に関連しています。
一方で、地域和菓子店を取り巻く環境は厳しくなっています。地域の人口減少や商店街の衰退により、顧客基盤が縮小しています。大手和菓子メーカーの効率化と低価格化により、中小和菓子店の競争力が相対的に低下しています。
多くの製餡所が機械化を進める中、田中観月堂は手作業による餡作りを守り続けています。
あんこは看板
「あんこは和菓子店の看板」
田中氏はそう語ります。砂糖の種類や小豆とのバランス、製造工程も改良を重ねながら、最高の餡を目指して一歩ずつ研鑽を重ねてきました。
製餡所では機械を使って豆を篩で分離しますが、田中観月堂は昔ながらの手作業で小豆を何度もこす工程を繰り返します。自然な方法で餡を作ることで、あずき本来の香りと食感を保っています。
「この色なんでしょう、僕は好きな色。この色を目指してやっています」
田中氏が目指すのは、あずきらしい香りが残る餡。あんこ好きの人が食べて「この餡、ちょっと違うぞ」とわかってもらえること。それが嬉しいと語ります。
地域文化の橋渡し
田中観月堂は、地域の伝統工芸や特産品とのコラボレーション商品が豊富です。
鈴鹿市で唯一の酒蔵・清水清三郎商店の清酒「作」の吟醸酒粕を使用した作饅頭。鈴鹿墨を使用した墨羊羹。伊勢型紙金箔カステラ。いずれも地域の産品とのコラボレーションから生まれた商品です。
「乗っかるのではなく、恥ずかしくないものを作らなくちゃいけない」
田中氏はそう語ります。相手のブランド価値を尊重し、新しいものを作り上げる気持ちを大切にしています。
地酒「作」とのコラボレーションでは、すでにビッグネームである「作」に対して大きなプレッシャーを感じながらも、「作」らしい色に仕上げることを目指しました。
墨羊羹の場合は、鈴鹿墨協会の方から話があり、最初は普通の羊羹として作りましたが、試行錯誤の末、墨の形に近づけるために一口羊羹の形に流して切る方法にたどり着きました。
伊勢型紙金箔カステラでは、型紙と和菓子をアピールしたいという話から、伊勢型紙の職人さんと相談しながら、きらびやかで華やかな商品に仕上げました。
常にアンテナを張る
「常にアンテナを張っておくことが大事」
田中氏はそう語ります。
自分のオリジナリティを持って準備しておくと、コラボレーションの話が来た時に、すぐに自分なりの提案ができます。常に準備をしているからこそ、機会が訪れた時に対応できる。
白子という地域は、かつて海鮮料理で賑わった港町でした。時代の変化の中で、田中氏は地域の歴史を伝えたいという想いを持ち、大正4年の東城町の不断桜を商品化するなど、様々な形で地域の文化を紹介しています。
「地元の文化や産物を、お土産として人様から買ってもらって、そういうので地元の文化を知ってもらったり、そういう橋渡しになったらいいかなと思って」
その先のお客様の幸せ
田中氏は茶道を深く嗜んでいます。ご本人は、その道の深さから「嗜んだとは到底言えない」と謙遜されていますが、お茶の先生との関係から、生菓子における重要な視点を獲得しています。
「普通のお菓子を売ってるんじゃなくて、買った人がどういう扱いをして、どういうふうに出されるか。そうしたことがとても勉強になりました」
和菓子はお客様の手に渡った後も、おもてなしのために使われます。想いが紡がれていく。田中氏はその連鎖を大切にしています。
「目の前のお客様ですが、その先のお客様の幸せも考えて、できたらいいかなと思っています」
直接の顧客だけでなく、その向こうにいる最終的な受益者のことも考える。この視点が、田中観月堂の商品づくりの根底にあります。
ベストを尽くす
田中氏は「常にベストを尽くす」ことを大切にしています。
良いものができたらそれでいいし、もっと良くできるなら改良する。その積み重ねが、今につながっています。
明治中頃から続く老舗和菓子店の四代目として、伝統を継承しながらも新たな価値を創造する。田中氏の「橋渡し」としての想いが、地域の文化や産物を、お菓子を通じて伝えています。
アストライドのミッション
「目の前のお客様、そしてその先のお客様の幸せも考えて」
田中氏のこの言葉は、和菓子という商品が持つ本質的な価値を示しています。お菓子を売ることで終わりではなく、それがどう使われ、どう届けられるかまでを考える。その姿勢が、明治から続く老舗の価値を支えています。
私たちアストライドは、これまでに携わった200社以上の経営者インタビューの価値を大切に、経営者の想いを映像として記録し発信することを使命としています。田中氏が「地元の文化の橋渡しになりたい」と語るように、私たちもまた、経営者の想いと社会をつなぐ橋渡しでありたいと考えています。
「あんこは看板」という言葉に込められた想い。地域の伝統工芸との真摯なコラボレーション。そして「その先のお客様の幸せ」を考える視点。これらの想いを映像として記録し、未来に継承していくこと。それが、私たちの果たすべき役割です。
記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英
アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。




























