インタビュアーの視点 – 辻製油株式会社|辻保彦氏

辻製油株式会社は、1947年(昭和22年)に三重県松阪市で創業した製油会社です。大豆やコーンの搾油を主軸としながら、製油過程で生まれる副産物を活用した機能性素材の開発、間伐材を利用したバイオマス発電事業、そしてその熱エネルギーを活用したトマト栽培事業「うれし野アグリ」など、多角的な事業を展開しています。

代表取締役会長の辻保彦氏は、2023年に三重県の県民功労者表彰を受章。三重大学との共同研究所「辻H&Bサイエンス研究所」を中心とした産学連携も進め、地域産業への貢献が高く評価されています。

製油業界の現状と辻製油の挑戦

日本の食用油市場は約3,000億円の規模を有しますが、原料価格の高騰、エネルギーコストの上昇、大手メーカーとの競争激化など、多くの課題に直面しています。特に製油業は「エネルギー多消費型」の業界であり、2003年のイラク戦争による原油価格の急騰は、多くの製油業者に大きな打撃を与えました。

辻会長はこの危機を転機と捉え、「第二創業期」として木質バイオマスボイラー工場の創設に踏み切りました。この決断は、エネルギー消費型から「エネルギー創造型」への転換を意味し、石油換算で年間9,000キロリットルの削減、CO2発生量23,000トンの抑制を実現しています。

抽出と発酵——2つの技術への集中

「我々は余計なことは一切考えません。抽出と発酵という2つの技術だけに集中して、この2つの技術を徹底して深堀りして、今の会社ができあがったんです」

辻会長のこの言葉には、経営の核心が凝縮されています。多角化に見える事業群も、すべてこの「抽出と発酵」という技術の延長線上にあります。ひとつの原料を絞ると99%以上が製品化されるという驚異的な効率は、技術への集中がもたらした成果です。

映像では、工場スタッフが「大豆とコーンの油を搾油している工場になっています。原料から圧力を用いまして、クッキングをしながら物理的に圧力をかけて絞っていくという工程になっています」と説明する場面も収録されています。

副産物から生まれるオンリーワン商品

「油をする過程で出てくる副産物ということで、レシチンとかセラミドの、その副産物の付加価値をグーッとあげることによって、大手の生命科学と一緒に戦えるわけです」

「ほとんどがオンリーワン商品です。レシチンにしても日本で作ってるのはうちだけ」

辻会長は、製油の「副産物」を「資源」として捉え直しました。通常は廃棄されるものから高付加価値の機能性素材を生み出す。この発想の転換が、大手企業とも競争できる独自のポジションを築いています。

日本には資源がある

「日本人は資源がないというふうに思われているけれども、よくよく見たらまだまだ資源がたくさんあるんですよ。大きなものを狙う時は大変だけど、小さく点を深堀りすればすごい資源があるわけですよ」

「その一つがゆずだったんですよ。ゆずを絞って20%の果汁しか取れません。あと80%は使い道がなかったんですよ。ゆずの表皮についている油胞の中に香りが集約されているわけでしょ。うちの抽出という技術を使って、ゆずエッセンスを日本で初めて商品化したわけです」

ゆずの皮、間伐材のヒノキ、生姜——これまで「使い道がない」とされてきたものから価値を生み出す。辻会長の「もったいない」という感覚が、新たな事業を次々と生み出しています。

第二創業期——バイオマス事業への挑戦

「この工場が大きく飛躍した、要するに第二創業期で行ったのがバイオマスだったんですよ」

「本来、製油事業というのはエネルギー多消費型の会社ですよ。2003年のイラク戦争で原油の値段が2倍3倍に上がってしまったら、これは大変だと」

「よくよく考えたら山に行ったら間伐材がたくさん残っていたわけですよ。その木を使って蒸気を作ろうと」

バイオマス事業は単なるエネルギー転換ではありません。間伐材からヒノキの香り成分を抽出してアロマオイルとして商品化し、抽出後の残渣は燃料として活用する。「香りは抽出しているんだけども、その残ったものを燃やして使えば100%使える。うちはバイオマス持ってますから、残ったものはそのまま燃料として使えるわけですよ。ほら、そこは合理的でしょ」——資源の完全利用を実現しています。

うれし野アグリ——持続可能な農業への挑戦

バイオマスにより生じた熱エネルギーを活用して展開しているのが、房どりミニトマトを栽培する「うれし野アグリ」です。

映像では、うれし野アグリのスタッフがこう語ります。「電力の方も再生可能電力だけを買い取って使っていますので、そういった意味でも、ほぼ化石燃料を使っていないです」「房どりミニトマトで栽培の方、出荷しています。先端が色づくまでしっかり待ちますので味の方が載っていますし、房ごとついていますので鮮度も長持ちすると言われています」

「持続可能な農業社会の実現というところをしっかりやっていく。自分たちだけが儲かるとか自分たちだけがいいのじゃなくて、美味しいものを手に入れたことによって幸せになってもらうという意味で、その辺の付加価値」——このスタッフの言葉には、辻製油の企業文化が受け継がれています。

辻会長は「今よく言われていますけど日本の農業では、嬉野アグリは最高水準であるんだと。一反でうちは約2000万円売れているんですよ、あのトマト」と語ります。

真似はしない——オンリーワンへの信念

「会社の理念というのが『真似はしない』。真似はしないって、言葉で言うより結構難しいと思うんですよね」

「誰もやっていないからこそ可能性があるということでチャレンジしていく。そのことによって新しい技術が生まれてくると思うので」

「競争するんだったら一番になりましょうよと。競合がたくさんいるところでは一番じゃないでしょ。脚立を持って行って、その上に乗って上がれば一番なんですよ」

「ここまで僕も分かってきたんです。競争して勝てないんだったらオンリーワンでいく」

この「オンリーワン」への信念は、単なる差別化戦略ではありません。自社の技術を深堀りし、誰も見ていなかった領域で価値を創造する。その姿勢が、辻製油の独自性を形作っています。

従業員との信頼関係

「できたときは全部も苦しかったですよ、赤字だったんですよ。従業員との信頼関係、これをいかに作るかってことで、やっぱり四苦八苦しました」

「こういうことをしていきましょう、こういう計画をしているということを、全部従業員に知らせるわけです。ということは、私たちは頑張れば頑張るほど、この会社が良くなるんだと。やっぱり一体感を作るですよ、信頼は大事だろう。おかげで一体感が出てきましたよ」

映像には、複数の従業員の声も収録されています。開発担当者は「広く展開して、すべてがすべてうまくいっているわけではおそらくないんだと思うんですけど、結果的にそういう良い結果が出てきているっていう。開発担当者としては大変尊敬できるところではあります」と語ります。

また、入社30年近いベテラン従業員は「辻製油という会社っていうのは、いろんなテーマ、出会えるチャンスがあるというところで、何が起こるか分からないっていうところですかねぇ。何でもできるというところがありますので、離れる理由が何もないっていうところですかね」と、会社への愛着を語っています。

好奇心を持って常に考える

「工場で何か1年に1回の定修作業があるぞと、なかなか興味がわかないところだけど、中を見てくるとか」

「例えば花を見てみて、この香りを営業するんだと。ただ匂いするな、綺麗だなぁと思っちゃいけないですよ。この中で何か面白い成分ないかなとかね、そういうことを考えてください。そこなんですよ」

「些細なちっちゃなことをやっぱり意識して、好奇心を持って常に考える。今できなくても何年か後にはこういうことをやろうねと、言葉に変えていくと計画になっていくんですよ」

「言葉にしなきゃ行動にいけない。考えたことを言葉にする。これがやっぱり発展成長の秘訣だと思います」

辻会長は、社員に対して「好奇心」を持つことの大切さを説いています。日常の中に眠る可能性を見つけ出し、それを言葉にし、計画にし、行動に移す。この思考のプロセスが、辻製油の成長を支えています。

孤独な決断——バイオマス事業の裏側

「一番つらかったのは今のバイオマスの蒸気工場を作った時なんですね。協同組合で国のお金が入っているそうで、失敗したらねぇ、国賊ですよ」

「当然みなさんに相談します。全部反対ですね、その時はね。決算するときは本当に孤独ですよ」

「夜寝て、お布団の上でね、恐いことがありますよ。考えていたら恐ろしくなって。けども朝、改めて目が覚めたら、勇気が湧いてくるわけですよ」

バイオマス事業への挑戦は、孤独な決断でした。周囲の反対を押し切り、一人で責任を背負う覚悟。その裏には、眠れない夜もあった。しかし、朝が来れば勇気が湧いてくる——辻会長の言葉には、経営者としての覚悟が滲んでいます。

人生最大の後悔は、やらなかったこと

「人生でね、最大の後悔とは何か。失敗したことじゃないんですよ。やらなかったことです」

「成功という言葉はねぇ、僕は言わないんですよ。ただ成長はある。成功してしまえば、その時点で終わっているという感覚が入っていいですよね」

「もうこの年ですから残り少ないですけど、しかしまだまだ考え方は青年なんですよ。また夢を持っているからなんですよ」

「成功」ではなく「成長」。この言葉には、辻会長の人生哲学が凝縮されています。成功は終点だが、成長には終わりがない。70歳を超えてなお「考え方は青年」と語る辻会長の姿勢は、年齢を超えた挑戦の可能性を示しています。


アストライドのミッション

「人生でね、最大の後悔とは何か。失敗したことじゃないんですよ。やらなかったことです」

辻保彦会長のこの言葉に、私たちは深く心を動かされました。

私はこれまでに携わった200社以上の経営者インタビューを通じて、経営者の想いを映像として記録し発信してきました。辻会長が「もったいない」という感覚から、捨てられていたものに価値を見出してきたように、アストライドとして引き続き、語られることのなかった経営者の想いに光を当て、未来に届けることを目指しています。

本映像では、辻会長だけでなく、工場スタッフ、うれし野アグリのスタッフ、開発担当者、ベテラン従業員など、複数の方々の声が収録されています。一人の経営者の哲学が、組織全体に浸透し、それぞれの言葉として語られている。その姿は、辻製油という企業の文化の強さを物語っています。

「成功という言葉はねぇ、僕は言わないんですよ。ただ成長はある」——この言葉を胸に、私たちも経営者の想いを記録し続けます。

記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英

アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。