「木材と音楽は切り離せない関係」- 間伐材に新たな命を吹き込む革新者

三重県松阪市の御城番屋敷。江戸時代から変わらぬ佇まいを見せるこの武家屋敷で、一人の男性が木材に耳を当てている。「こうやって耳をつけて聞くと、すごくナチュラルな音になるね」。株式会社山の加工場ネットワーク代表取締役の横濱金平氏が語る言葉には、200年の歴史を持つ建物と同じく、時代を超えた普遍性が宿っていました。

木材スピーカーを取り巻く環境

2022年5月の取材当時、コロナ禍による在宅時間の増加でオーディオ需要が急拡大していました。同時に、企業経営においてSDGsやESG投資への注目が本格化し、循環型経済への転換が求められる時代的背景がありました。現在では木質バイオマス市場が急成長を遂げ、デジタル音響技術との融合による新たな市場創出が進んでいます。横濱氏の先見性は、まさにこの潮流を3年前に予見していたものと考えられます。

「スピーカー性能を持った木材」という革命

従来のスピーカーは箱の中にユニットを収めるという固定概念がありました。しかし横濱氏が開発したのは、木材そのものをスピーカーにしてしまう技術です。「今までのスピーカーの概念にはこういうことで音が出るという概念がないから」と語る通り、既存の枠組みを完全に破壊した発想転換がありました。

アクチュエーターの振動の中心点を特定し、木材全体を振動板として活用し、一見すると音響機器には見えない木の板が、実は高性能なスピーカーとして機能する。この技術革新の根底には、「だけどそういう概念を打ち破ったところに実は全く違う世界がある」という哲学が流れています。

「一番贅沢な木取りの仕方」への美意識

間伐材の活用というと、一般的には廃材利用というイメージを持たれがちです。しかし横濱氏のアプローチは正反対でした。「間伐材の柱を取ったり造作材を取ったりしたときの残りを使って一番贅沢な木取りの仕方、それはこの赤身だけを使うという」。

まぐろで例えれば中トロや大トロのような部分は他の人がやっている。だからこそ「僕は中落ちから赤身だけちょっと使う」という独自のポジショニングが語られています。ここには単なる資源活用を超えた美意識を匂わせるもので、「人として何が大事なのかっていうのはやっぱり美意識なんですよ」という言葉が、この事業の本質を物語っています。

森の恵みとの共生という時代を超える価値

横濱氏の木材への想いは、単なる材料への愛着を超えています。「気がついたら、もう戻れないわけ。その人間の生存というのはイコール森林と共にあるんだと思いだからその森の恵みの究極の形が原油なんだよね」。石油文明への依存から、より持続可能な森林資源との関係性への転換。これは個人的な気づきでありながら、同時に現代社会全体が直面する課題への示唆でもあります。

特に印象的だったのは、技術の目的についての語り方でした。「別に僕が取り組んでいるスピーカー性能を持った木材が全てじゃないんですよ。だからこれで全て解決するものではないんですよ。だけどヒントにはなると思う」。完璧な解決策ではなく、新しい関係性への「ヒント」を提供するという謙虚な姿勢。現代のイノベーションに必要な視点がここにあります。

炭火で暖を取り、エアコンのない武家屋敷での生活体験を通して、「古いものを新たな価値創造の装置として考える」という発想に至った横濱氏。「今の住宅の原型っていうのはここから生まれているんですよ」と語る通り、歴史的建造物での創作活動は、単なる立地選択を超えた哲学的選択でもありました。

木材に命を与える技術者として、横濱氏が示している道筋は明確です。大量生産・大量消費の時代から、一つ一つの素材と丁寧に向き合う時代への転換。その先にあるのは、人と自然が調和する新しい豊かさの形ではないでしょうか。

記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英

アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。