インタビュアーの視点 – エリートクリーニング株式会社|森川謙作氏
1958年、三重県桑名市で創業したエリートクリーニング。森川謙作氏の父と祖母、叔父の3人で立ち上げた会社は、今では桑名を中心に鈴鹿から名古屋の長久手まで、48店舗を展開する地域密着型のクリーニングチェーンへと成長しました。
創業当時、叔父が工場で洗濯を担い、祖母と父が各家庭を回って衣類を集める。そのスタイルから始まった事業は、60年以上を経た今も、地域住民との距離の近さを大切にしています。
クリーニング業界の現在
クリーニング業界は、国内で約1兆円規模の市場を形成する生活密着型のサービス業です。高齢化社会の進展や共働き世帯の増加により、家事代行への需要は拡大しています。
一方で、人件費の上昇、人手不足、原材料価格の変動といった課題も山積しています。大手チェーンは規模の経済を追求し、宅配クリーニングやコインランドリーとの競合も激化する中、顧客の価格感覚は低価格志向と高品質志向に二極化しつつあります。
このような業界環境の中、エリートクリーニングは創業以来の信念を守り続けています。
採算よりも根付くこと
「採算を合わせることをあまり気にせず、ここで根付いてやっていけるようなサービスになるか。どういう店やったらなるかなぁと想像しながら」
森川氏はそう語ります。コインランドリーとクリーニングを併設したら互いに競合するのではないか、と周囲から言われたこともあったそうです。しかし森川氏にその感覚はありません。その地域に住む人が「ここに行きやすいな」と感じるサービスを実現すること。それだけを考えてきました。
「収益を追っかけて行くと、だいたいうまくいきにくいんじゃないかって言う。苦しくなることもあるかなと思う」
採算性は前提条件として大事ではあるものの、それが先にあるということではない。この姿勢は、代々受け継がれてきた企業に共通する特徴です。信用を基盤に会社が成り立っていることを経験的に知っている経営者だからこそ、短期的な採算よりも長期的な信頼の構築を優先できる。エリートクリーニングは、まさにそうした企業の一つです。
パッケージプラント方式という選択
即日納期で仕上げていこうと考えると、どうしてもパッケージプラント方式になっていく。森川氏はそう説明します。
パッケージプラントとは、工場と店舗の距離を片道30分以内に設定し、そのエリア内でクリーニング品を処理する仕組みです。工場が併設されている店舗では、午前中に預かった衣類をすぐ昼から洗濯し、当日のうちに仕上げることができます。
「比較的、うたっているところはあるかと思いますけど、比較的少ないんじゃないかなと思います。実際できているというところが」
この言葉には、看板を掲げることと実際にできることの違いへの静かな自負がにじみます。大手チェーンが全国展開によるスケールメリットを追求する中、地理的な制約を受ける方式をあえて選ぶ。それは、地域に根付くことを優先した結果です。
しみ抜き集中治療室(ICU)
「今まではまあ便利性が8割ほど、スピードを重視しながら、そこに見合う品質のオペレーションを込められていくというスタンスだったんですけど、まあお客さん目線で言うと、もう少しやれることないのかなということで」
その問いかけから生まれたのが、しみ抜き集中治療室(ICU)です。
どうしても時間がかかってもいい、費用がかかってもいい、どうしても取ってほしい。そのニーズを拾えていなかったのではないか。しみ抜きを集中的に行う部門を別に設けることで、これまで対応しきれなかった顧客の要望に応えられるようになりました。
ベテランの技術者が、衣類素材の特性やシミの状態を分析し、全体的に洗ってから処理するのか、先に部分処理をするのか、作戦を立てていきます。10万円以上する高価な衣類も預かるため、神経を使う仕事です。
過酸化水素を使った漂白作業は、触れると火傷するほど危険を伴う。それでも、数は追わなくていい。お客さんの要望にしっかり応えていく。その姿勢が、ICUの運営方針です。
ズルいことはしない
「基本的にはズルいことはしないようなことはね。商売だろうが、人づきあいが変わっていく上ではですね、もうそれはもう大前提なので、まああんまり飾らず、あるがままですけれども」
森川氏はこう語ります。地域社会での商売であり、地域住民と共に生活する中でのクリーニングという仕事。公衆衛生の基盤に乗っかっている業だからこそ、誠実さは譲れない。
この価値観は、顧客に対してだけでなく、従業員に対しても同じです。
お客様向けのDM企画で、一等賞品を新米3kgに決めたとき、スタッフからも「私もお米がほしい」という声が上がりました。それを聞いた森川氏は、全スタッフにも同じお米を送ることを決めます。メッセージを添えて。
週に1回しか出勤しない学生アルバイトも同じように、という意見には「そういう小さいことは言わない」と応じました。
「やっぱ最後はもう人がやることなんで、まあ人がどう作っていけるかということにつきますけど」
楽しんでやっていくこと。楽しさがベースにないといいものは生まれない。40年以上クリーニングの仕事を続けてきたベテランスタッフが、今も楽しそうに働いている。その環境こそが、エリートクリーニングの強みです。
地域で一番信頼されているお店
「日本一のクリーニングサービスだって言えるのは、やっぱりその地域で一番信頼されているお店なので」
森川氏の言葉は明快です。全国規模の「日本一」ではなく、その地域で一番信頼されること。それが真の日本一だと考えています。
「まあそこを目がけてやってきているだけなので、そこは変わらず。まずそこをベースにしながら、そこでやってきながら見えてきたものがあったら、やっぱりねその地域に必要とされる、まあいいなって言ってもらえるサービスをしていこう、それだけですけどね。まあしっかり1個ずつやっていこうという、それだけですね」
気負わず、淡々と、しかし確実に。1958年から60年以上にわたり地域のクリーニングを支えてきた老舗企業の経営者は、その姿勢を変えることなく、今日も仕事に向き合っています。
アストライドのミッション
エリートクリーニングの森川謙作社長の言葉には、代々受け継がれてきた企業ならではの覚悟があります。採算性を追求するのではなく、地域に根付くことを選ぶ。ズルいことはしない。飾らず、あるがままで。
これらは、経営理論やマーケティング戦略から導き出されたものではありません。60年以上にわたり地域社会と共に歩んできた中で、自然と形成されてきた価値観です。
これまで200社以上の経営者インタビューに携わった中で、このような経営者の「想い」こそが、企業を永続させる源泉であると、実感しています。
数字やデータでは測れない価値がある。その価値を映像として記録し、テキストとして残す。経営者の想いを次世代に伝えることが、私たちの使命です。
エリートクリーニングの映像には、信用を何よりの財産とする経営者の姿が収められています。クリーニング業という公衆衛生の基盤を担う仕事に、誠実に向き合い続ける姿勢。それは、これからの時代においても変わることのない、企業の本質的な価値を示しています。
記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英
アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。





























