インタビュアーの視点 – 株式会社伊勢麻|松本慎吾氏、谷川原健氏

2016年、三重県南伊勢町で地元有志が設立した株式会社伊勢麻。無毒大麻「とちぎしろ」を栽培し、精麻(せいま)の生産を行っています。

共同代表の松本慎吾氏と谷川原健氏は、神道の核になるような素材が海外の生産に頼らざるを得ない状況を改善したいという想いを持っています。「そこをなんとかしたいという思いで、この事業をスタートしていますので、ちゃんと仕事として、産業として残らないとダメだと思っているので」と松本氏は語ります。

麻産業の現状

麻(大麻)は、縄文時代から日本で栽培されてきた伝統的な作物です。繊維、食品、神事用など多様な用途に利用されてきました。しかし、戦後大麻取締法の施行により、栽培が厳しく規制され、国内生産は大幅に縮小しました。

松本氏は「大麻取締法というのは、麻の生産者がちゃんと続けられるようにするための法律だったんですけど、規制だけの法律になってしまって」と語ります。現在、国内の精麻生産者は、栃木県の数軒と株式会社伊勢麻のみ。神事に使用する麻は、海外製を使用する例が多くなっています。

栽培免許は都道府県ごとの判断で発行されますが、免許をもらうのは非常に困難です。多くの都道府県で、栽培目的が県内の祭祀用に限定され、出荷先が限られます。さらに、栽培地は人目につかない場所に限定され、高さ2メートル以上の柵や監視カメラの設置が義務付けられるなど、防犯対策のコストも過大でした。

動画公開時点での厳しい規制

2022年2月24日、YouTube動画「麻を生産する厳しさ – 伊勢麻(南伊勢町)」が公開されました。この時点では、三重県の規制は厳しく、栽培目的が県内の祭祀用に限定され、事業の維持が困難な状況でした。

「当然その三重県の神社さんに収めるだけの生産量では、麻農家1軒すら食べていけないというボリュームしかないんで。ボランティアというか、なんか慈善事業というか、伝統を守るためだけに誰かが、痩せ我慢してやってるみたいな」

松本氏のこの言葉から、2022年2月時点での事業環境の厳しさが伝わってきます。「農作物と変わらないんだから、そういう基準の下で免許ください。非常に当たり前な、慎ましいお願いというか」という言葉には、切実な想いがにじみ出ています。

僕よりも麻のほうが上にいる

谷川原健氏は、精麻の製造技術について次のように語っています。

「麻の都合で動かないと、僕の都合でパッと動いちゃうと、すぐにおかしくなります。僕よりも麻のほうが上にいるんでね。絶対に、僕のほうが下にいるんで、お世話させてもらってるだけなんで、ただの管理です僕は」

精麻の製造は、発酵、皮剥ぎ、カス抜きの順で進みます。畑によって発酵も変わり、季節や湿度によっても状態が変化する。「25度ぐらいあったらもう、みるみるうちに発酵が進んでくるんで、そういったことを頭に置きながら、少し早い段階で皮を剥いでいかないと、追いかけてくるんで」

種まきしている時点から発酵は始まっており、畑の状態(水が溜まっていた、肥料が少なかったなど)を全部頭の中に入れて、それを踏まえて発酵させないといけない。「プロセスを知らない人は絶対できないです」と谷川原氏は言い切ります。

「そんなのんびりと話してる暇ないですね。ちょっと退いてくれってなるかもしれん。誰が来ようと手を止めるわけにいかないんですよ。手を止めるのは天皇陛下くらいですかね」

「五感は使いまくってます」という言葉からは、自然と向き合い、麻と対話する職人としての姿勢が伝わってきます。

誇りを持って食えたら

松本氏は、事業としての持続可能性について次のように語っています。

「純粋な思いでやっているのに、結局、何かこう、ひもじい結果しか生まなかったなっていうふうになったら、多分、伝統が繋がっていかない原因って、全部そこだと思ってるんで。多分誇りが持てて食えたら、みんな伝統で仕事すると思うんですよ」

谷川原ご夫婦を誘ったのも松本氏でした。「彼らがなんとなく農業に携わった仕事をしていきたいという事を知ってたんで、やってみないかという話で、彼らを誘って」

そして松本氏は、谷川原ご夫婦の覚悟について語ります。「谷川原ご夫婦も、この仕事を一生の仕事にしてくれてるっていう覚悟でやってくれてるんで、そこ僕はねぇ、しんどいからやめるって言うのは、ちょっと無い話っていうか」

「彼らがまず、モデルとなる憧れの麻農家で、そこまでいかないと彼らの子供にも継がせられないし、彼らの代で終わっちゃう話ですし」

規制緩和がもたらした変化

2021年9月、厚生労働省が国産大麻繊維の伝統文化の存続や栽培技術の継承を課題として、各都道府県に対し規制緩和を通知しました。これを受け、2022年7月15日、三重県が大麻栽培の指導要領を改定。県内で採取された種子から育てた大麻について、栽培場所の自由化や柵・防犯カメラの設置義務、診断書提出の義務などを除外しました。

2022年8月には規制緩和が実施され、株式会社伊勢麻は出荷先を県外の神社にも拡大できるようになりました。松本氏はニュース記事にて「ようやくスタートラインに立てた」と述べています。

2023年以降は、三重県明和町での「天津菅麻プロジェクト」など、産業用大麻の栽培も始まり、麻の伝統文化の継承と産業振興の両面で進展が見られています。この映像を公開したことが、規制緩和の後押しにつながっているなら、とても嬉しいことです。

神事とのつながり

谷川原氏は「おじいちゃんが宮司をやってたっていうところで、自分がその神事ごとに使う麻を作るっていうのは、ちょっと僕の中でリンクしたところがありますかね」と語っています。

神道において麻は、穢れを祓い、身に付けると寄せ付けないものの象徴として使われてきました。松本氏は「だらだらしてたら、神ごとに使うなんて失礼な話なので、そこはもう強い意志を持ってやっています」と語ります。

「伝統ってなんか古いものみたいな言われ方、古いっていうだけで、なんか縛られがちなんですけど、本当に試行錯誤をして技術革新の積み重ねの形なんですよね、伝統産業の技術って」

谷川原氏の言葉からは、伝統への敬意と、それを次世代へ伝えていくことへの強い想いが伝わってきます。

「人間の力で太刀打ちできないエネルギーが、やっぱり自然の中ではあるので、それを感じながら日々生活していくというのは、自分のライフスタイルではあるかなと思っています。太刀打ちなんてできるわけがないでしょ。無力ですね。生きるを知るっていうところですかね、自然の中に居ると」

アストライドのミッション

「世の中自体が、最先端技術とか、そういうものばっかり目を向いているんですけど、こういう自分の国の伝統的な価値に対して、非常に安く見積もっている感じ。本当に安く見積もっている」

松本氏のこの言葉は、私たちアストライドにとっても重く響きます。私はこれまで、200社以上の経営者インタビューを通じて、効率性や収益性だけでは測れない価値を守り続ける経営者の姿を見てきました。

「多分誇りが持てて食えたら、みんな伝統で仕事すると思うんですよ。そこなんとかねぇ、麻のこの事業を通じて形にしたい」

伝統の継承と事業の持続可能性。この二つを両立させようとする株式会社伊勢麻の取り組みは、日本各地で同じ課題に向き合う経営者にとって、一つの指針となるのではないでしょうか。

経営者インタビュー映像は、言葉だけでは伝わりきらない想いを、表情や声のトーン、間合いとともに記録します。この映像が、伝統の価値を再評価するきっかけになることを願っています。

記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英

アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。