インタビュアーの視点 – 有限会社佐藤ピッグファーム|佐藤大介氏
三重県三重郡菰野町。名古屋都市圏に近接するこの地で、有限会社佐藤ピッグファームは養豚業を営んでいます。代表取締役の佐藤大介氏は、アメリカ、メキシコ、日本の大手養豚場で修業を積み、独自のブランド豚「菰錦豚(こもきんとん)」を確立しました。
生育状態の良い個体の上位5%を厳選し、地元産茶葉と酒粕をブレンドした特製飼料を与え、通常より長い180〜191日間飼育することで、味わい深い豚肉を生産しています。農場HACCPを取得し食の安全を担保するとともに、直営店「ピギーパーラー」や「農場レストランこぶたの家」を運営し、生産者の顔が見える養豚業を実践しています。
養豚業界が直面する構造的課題
日本の養豚業界は2022年時点で約1.5兆円規模の市場を形成しています。国内の豚肉自給率は50%前後で推移し、アメリカ、カナダ、デンマークなどからの輸入肉との価格競争にさらされています。
業界の課題は深刻です。養豚業従事者の平均年齢は60歳を超え、後継者不足は危機的状況にあります。重労働、少ない休日、臭いの問題——こうした労働環境の厳しさが、若者の参入を阻んでいます。飼料価格の高騰、環境規制の強化、アフリカ豚熱などの疾病リスクも山積みです。
何より深刻なのは、養豚業に対するネガティブなイメージ。「臭い、汚い、きつい」という偏見が、産業の社会的地位を低下させ、若者が夢を持てない状況を生み出しています。
一方で、変革の兆しも見えています。高付加価値ブランド豚への需要拡大、六次産業化の推進、食の安全・安心への関心の高まり。養豚業を「憧れの職業」へと転換することが、業界の未来を左右する鍵となっています。
利益の追求と働きやすさの両立
佐藤氏の経営哲学は、アメリカでの修業経験が原点です。効率一辺倒の「合理的」な養豚業を目の当たりにし、日本の養豚業が進むべき道を模索しました。
「事業を継続するには利益は必ず追求せなあかん。でも休みが少ないとか、そういうのはもうあかん」
この信念のもと、佐藤氏は週休二日制を導入しました。養豚業界では異例の取り組みです。同時に「絶対においしいものを作らないと豚に申し訳ない」という愛情も、経営の第一条件に据えています。
菰錦豚——息子の名を冠したブランド
「僕らが作った生産物って、市場に出てしまうと名前がわからなくなってしまう。どこで店舗に並んでも、自分が作っている豚だとは名前が変わってしまう。それがすごい複雑で」
この課題意識から、佐藤氏は自社オリジナルブランドの開発に着手しました。
「僕の生産する豚の95%が市場に出ていくんですけど、その5%に名前をつけて。菰錦豚(こもきんとん)というのは『菰野』の『こも』と、息子の『錦之助』から頭文字をとってつけた名前です」
通常、豚は160日ほどで出荷されます。しかし菰錦豚は180日、時には191日と、規格外の長さで飼育します。
「通常160日ぐらいで出荷してくるのが規格としてあるんですけど、菰錦豚は180とか191とか、規格外。市場に出すときはすごく価値の低いものになるんですけど、自分の好きなタイミング、一番味が乗るところで販売しようかなと思ったのがこの菰錦豚です」
エサも独自に配合しています。
「エサをよく食べると、そんだけ肉に味が乗っていくんですよ」
地元産茶葉と酒粕をブレンドした特製飼料が、菰錦豚の味わいを支えています。
顔が見える生産者になる
佐藤氏には、忘れられない経験があります。
「養豚業のイメージがすごく悪くて、ちょっとしたことですごく悪人のように取り立てられて、怒られたときがあった」
この悔しさが、六次産業化への原動力となりました。11年前に精肉店「ピギーパーラー」をオープン。その後、「農場レストランこぶたの家」を開業しました。
「この店によって自分の顔を出していって、店頭に立って肉を売る。顔を見てもらって、しゃべる。そうしたら急にパタッと、そういうクレームがなくなりました」
レストランの看板メニューは、佐藤氏の名前を冠した「だいすけ焼」。肩ロースを大胆に使用した一品です。
「本来の柔らかい豚の味を出したいので、ソースもあまり濃くないようにして、なるべく豚の味を感じてもらえるようなものを目指してやっています」
豚への愛情
「絶対においしいものを作らないと、豚に申し訳ない。これはもう大前提」
佐藤氏は、豚への深い愛情を語ります。
「やっぱり豚に対する愛情がないと、絶対できないんで。可愛い、可愛いというのは、要するに『よく育っておいしそうだな』という表現の代わりになる」
お客さんに喜んでもらえるような、良い体型の豚を育てる。その仕事が評価されたとき、養豚業をやってよかったと感じる——佐藤氏にとって、それが一番の喜びです。
アニマルウェルフェアと価値の向上
「アニマルウェルフェア、動物愛護の観点からゲージを撤廃するっていうふうに言われています。生産できる数は8割程度に減ると。でも価値を上げていこうと思っているので、それを敷けば、そのものの価値はどんどんどんどん上がっていく」
生産量が減っても、価値を高める。その選択に佐藤氏は迷いがありません。
「将来的にはここで食べてもらうのに、どういう生産過程で出来上がったのかを、徐々に連れて行って見てもらいたいなと思っていた」
しかし、豚熱(CSF)の発生により、外部からの農場立ち入りが制限されることに。
「岐阜県で発生して、外部の人間は農場に立ち入り禁止にしなさいという国の指導で。ちょっと自分の目指すところとは方向性が違ってしまいました」
それでも、佐藤氏は新たな道を模索し続けています。
養豚業を憧れの仕事に
「なんでこんな面白い職業を誰も見出さないのかなというのが最初のきっかけで、もっと憧れの職業にできるんちゃうかなって」
養豚場で働くことへのプライド。それを従業員に持ってもらいたい——佐藤氏の想いは、具体的な形となって現れています。
「人と触れ合えるようになってきたら社会的地位が上がってくる。人に愛され、評価してもらわないと継続できない」
「あそこの養豚場があるからいいよね、と周りから言われるような地域にしたい。それが一番、楽しみです」
アストライドのミッション
「人に愛され、評価してもらわないと継続できない」
佐藤大介氏のこの言葉は、私たちが大切にしている価値観そのものです。
私はこれまで200社以上の経営者インタビューに携わり、経営者の想いを映像として記録し発信してきました。佐藤氏が「顔が見える生産者」として地域との信頼を築いてきたように、私たちもまた、アストライドとして経営者の想いを可視化し、その価値を社会に届けることを目指しています。
「養豚業を憧れの仕事に」——この想いは、業界の常識からすれば非効率に見えるかもしれません。しかし佐藤氏は、週休二日制の導入、アニマルウェルフェアへの対応、六次産業化という具体的な行動で、その想いを形にしてきました。想いを語るだけでなく、行動で示す。その姿勢に、私たちは深く共感します。大限に引き出すことを目指しています。その価値の発見と継承を支援し、企業の持続的な成長をサポートします。
記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英
アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。




























