インタビュアーの視点 – 民宿 冨久家|岡野匡秀氏、あい氏

三重県鳥羽市相差町。海女と漁師のまちとして知られるこの地域に、民宿 冨久家があります。板前の岡野匡秀氏と女将の岡野あい氏が営む、全10室の和の空間です。

大浴場には天然温泉が運び入れられており、アルカリ性のつるつるとした泉質は「美肌の湯」として好評。貸切専用の陶器の露天風呂もあり、カップルやファミリーに人気です。

先代から受け継がれる「冨久家の味」として、煮つけに代表される郷土料理を提供。地元で採れた新鮮な海の幸が、贅沢に使用されています。

民宿業界の現状

民宿業界は、地域の観光資源を活かした小規模宿泊施設として、独自の価値を提供してきました。旅館やホテルと比較して小規模で、地域の文化や自然を体験できる場として位置づけられています。

一方で、コロナ禍により宿泊需要が大幅に減少。地域の人口減少や商店街の衰退により、顧客基盤も縮小しています。大手メーカーや大規模施設との競争も厳しくなっています。

このような環境の中で、冨久家は2021年からランチ営業を開始しました。1日限定5組の完全予約制で、新しい料理への挑戦を行っています。

冨久家の味

「冨久家の味って言われる、よその方からしたらだいぶ甘い目の味にはなると思うんですけど。けど普通の魚の煮付けにしても、こんな煮付けは食べたことない、みたいな声があるんで。その辺は変えずに守っていこうと思っています」

岡野匡秀氏はそう語ります。

匡秀氏は大学時代、名古屋に出て魚を食べた時に、地元の魚との違いを感じました。帰ってきて食べると美味しい。この経験が、地元食材へのこだわりを生んでいます。

一方で新たな挑戦も続けています。ランチ営業では、蒸しアワビにソースを添えて、さらなる美味しさを追求。東京で修行した江戸前寿司の提供も開始しています。

「蒸しアワビ一つ食べるだけでも美味しいんですけど、ソースを添えてまた更に美味しく作るようにしています」

自分たちが楽しむことを大切にする

「忙しくて、それで毎日が終わるっていう生き方が嫌で。自分たちがどうしたら楽しくなって、お客さんにもその楽しさが伝わって喜んでもらえるかっていうのを考えているんで」

岡野匡秀氏はそう語ります。

コロナ禍で食材ロスが出るのを避けたいというきっかけはありましたが、夜中の1時や2時まで、何時間もかけて伊勢海老のビスクを仕込む。美味しいものを作りたいという覚悟がそこにあります。

食事会場の景観が良くないと感じていたことから、建築士にデザインを依頼し、自分たちでペンキ塗りをしてオブジェを制作する。思い入れのある環境を自らの手で作り上げています。

「最近は自分も楽しくやってます」

地域を体験できるプログラム

岡野あい氏は伊勢市出身で、結婚を機に相差に移住しました。相差のまちをフラットな視点で感じる中で、体験できることがこの街に少ないことに気づきます。

「観光スポットもあまりないんで、何か体験できることがないかなって考えた時に、ランチ営業を始めてコーヒーの方と関わることが多くなったんで、コーヒーの焙煎体験をやってみたりとか。近くにさをり織りができるところがあるので、そういう体験をできないかって考えてみたりとか」

自分たちで小さなことでも始めれば、他のところも続いてくれるかもしれない。その想いから、コーヒー豆の焙煎体験、さをり織り体験、地曳網体験など、観光客と地域との接点を作るための企画を次々と実現しています。

地域を愛してほしい

「お客様としたら、ここの旅館よかったねっていうよりかは、ここの地域の人たちが暖かかったねって。またこの相差に行きたいなって思ってもらえると、やっぱり繋がるということが一番のいい思い出になるんじゃないかなと思っています」

岡野あい氏はそう語ります。

相差という地域は、子供から年寄りまで皆が話しかけてくれる温かい地域。小さい子供でさえも、自分の子供のように見守ってくれる環境があります。

「民宿の評価だけではなく、それ以上に地域を愛してもらえるようになってほしい」

岡野匡秀氏はそう語ります。宿泊業の役割を、施設とお客様をつなぐだけでなく、お客様と海、山、地域をつなぐことと捉えています。

人と人をつなぐ

貸切風呂に新しいオブジェを制作した際も、様々なご縁が生まれました。あい氏とは直接つながっていなかった方が、別の人を通じてつながり、海女さんや魚がいて海の上のほうがキラキラしているオブジェを作ってくれました。

「本当にいろんな縁があって。自分たちだけだったらできない、思いつかない発想もあるんですけど」

人と人をつなぐこと。お客様を地域につなぐこと。その積み重ねが、冨久家の取り組みを形作っています。

思い入れのある場所

食事会場の目隠し用オブジェにペンキを塗る。自分たちの手で環境を作り上げる。

「思い出づくりではないですけど、思い入れのあるものがあったら、それだけこうでしたよってお客様にも思いを伝えられて、暖かいものになれたらなと」

自分たちが楽しむこと。地域の温かさを共有すること。その想いが、冨久家のあらゆる取り組みを支えています。


アストライドのミッション

「民宿の評価だけではなく、それ以上に地域を愛してもらえるようになってほしい」

岡野夫妻のこの言葉は、宿泊業が果たせる役割の本質を示しています。施設の評価を超えて、地域の温かさを伝えること。お客様と地域をつなぐこと。

私たちアストライドは、200社以上の経営者インタビューに携わった経験を活かし、引き続き経営者の想いを映像として記録し発信することを使命としています。岡野夫妻が「お客様を地域につなげたい」と語るように、私たちもまた、経営者の想いと社会をつなぐ役割を担っています。

「自分たちがどうしたら楽しくなって、お客さんにもその楽しさが伝わって喜んでもらえるか」

この問いに向き合い続ける岡野夫妻の姿勢を記録し、未来に継承していくこと。それが、私たちの果たすべき役割です。

記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英

アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。