インタビュアーの視点 – 北村物産株式会社|北村裕司氏

江戸時代後期の寛政年間(1789年~1801年)に創業した北村物産株式会社。三重県伊勢市で約230年の歴史を刻む、ひじき加工の老舗です。代表取締役の北村裕司氏は「良品は客を招く」を社是に、伊勢志摩産を中心としたひじきの加工販売を手がけています。

「江戸時代の後期寛政年間に創業したひじきやです。ひじき以外も扱っていますが、やはりひじきというのがうちの特徴的なもので」

北村氏はそう語ります。

ひじき加工業界の現状

健康志向の高まりと食文化の再評価により、ひじき加工業界ではプレミアム化の需要が拡大しています。海藻は自然環境に大きく依存し、収穫時期や産地によって品質が大きく変動します。波打ち際で育つ特性から、漂着ゴミや漁具の破片など異物混入のリスクが高く、品質管理は困難を極めます。価格競争も激化し、多くの企業が生き残りをかけた戦いを強いられています。

この環境下で北村物産は「想いをつなぎ、それが良品になる」という独自のコンセプトを掲げています。

引き算の技術

「ひじきの加工って実は何も足さない。足すのは熱量だけなんですね。いかに雑味を取り除くかという引き算の加工なんですが、引き過ぎると甘みや風味まで抜けていくんです」

北村氏はそう語ります。

海水の塩分や渋み、雑味を取り除く「引き算」こそが本質。しかしこの引き算は単純ではありません。引きすぎれば甘みや風味まで抜け、引き足りなければ雑味が残ります。原料の良し悪しは産地での天日乾燥で決まり、品質はバッチごとに異なります。

北村物産が堅持する「手洗い」と「バッチ式での蒸し上げ」。手洗い工程で原料の個性を五感で感じ取り、その後の蒸し時間や加減を原料に合わせて決定します。

「手で触って洗うという工程は、我が社の加工の中では最重要なんです。この後の工程での蒸す時間や蒸らし時間というのは、手で洗っている感覚で決めますので。引き算の時に引きすぎない、引き足りないということが少なくなる」

この五感による調整が、引きすぎず引き足りない絶妙なバランスを実現します。「味があって風味があっておいしい」ひじきが生まれます。

海女さんの想いをつなぐ

北村物産の加工プロセスは、生産者の想いを顧客へ届ける「つなぎ手」として機能しています。

漁師は収穫量を増やそうと思えば、ひじきを伸ばして刈り取れます。50センチで1トン、1メートルなら2トン。単純計算では2トンの方が儲かります。しかし北村物産は、熟しすぎず身が詰まった良い時期に収穫された原料を高く買い取ります。

「海女さんたちがいい時期に刈り取ってくれて、身が詰まった美味しいひじきを、うちの加工で洗いすぎたり蒸しすぎたりして良さが抜けてしまったら、せっかくの想いが届かなくなってくるので。海女さんの想いをつなげるためには手洗いであり、バッチ式というひと釜ひと釜で蒸し上げる、そういうきめ細やかな加工が我が社では大事だと考えています」

「いいものはいいものでしっかり高く買ってあげて、おいしいひじきを後世に残さないと。ひじきを食べるというのは日本人にとって文化だと思っているので」

北村氏の言葉には、生産者への深い敬意があります。

良いひじきの見分け方

「身が詰まったひじきで、風味が残っていて、食感も柔らかすぎず固すぎないというのが、いいひじきだと思うんですよね」

北村氏は、良いひじきの簡単な見分け方を教えてくれます。

「ひじきを水戻しするときに、浮くひじきと沈むひじきがあるんです。その中で沈むひじきがいいひじきなんですよ」

料理した際、初めは酢の味がしても「噛んでるうちにひじきの甘みがふわっと出てくる」。味の深さと風味の持続性が品質を証明します。

「できたら酢の物にしてみてください。まず一口目はやはり酢が来ますけど、噛んでるうちにひじきの甘みがふわっと出てくるひじきと、飲み込むまでずっとその味しかしないひじきがある。味のあるひじきというのはふわっと風味が出てくるものなので」

地域を自慢する喜び

「地場産業だからこそ、県外の東京名古屋大阪へ行って、三重県はこんな地域でこんな地形で、こんな海流でこんな人がいて、そして私たちは伝統製法を守っていて、だからこんないいひじきができるんですっていう、地元を徹底的に自慢して商売できるっていうのが、地場産業なんだろうなと思うと、地場産業にいて良かったなって思いますね」

北村氏はそう語ります。社員も社長も「ここのひじきが一番美味しいわ」と胸を張れる。地域を自慢することが、個人的な誇りを満たします。

「僕だけではなくて社員もみんな、地場産業を自慢して地元の商品を自慢するということは、地域を自慢することにつながるので、そんな得な商売は他にはない」

伊勢湾の地理的・海洋的利点もあります。愛知県側から水が入り、三重県側に出るため、山のエキスが伊勢に流れ込みます。

「三重県のひじきって本当においしいと思います。伊勢湾って愛知県側から水が入って三重県側に出る。三重県側に出るということは、鳥羽から志摩のあたりは、伊勢湾に流れ込んだ山のエキスを享受できるわけです」

異物との勝負

ひじき加工には、異物除去という課題もあります。

「ひじきって異物との勝負という部分もあるんですね。なぜ異物が多いかというと、ひじきは波打ち際に生えているので、漂っているゴミで波打ち際にくるものは付着してくる可能性があります。産地で収穫するものですから港のコンクリートなどで干しているので、短いテグスなどが結構落ちているんです」

色彩選別機では除去できない異物を除去するため、北村物産は専用の機械を自ら開発し、特許申請中。伝統製法の本質を見極め、無駄をそぎ落とし、必要な部分を機械化する。進化する伝統製法の実践です。

「伝統製法の中で何が本質なのかというのを考えて、無駄をそぎ落としてきたのが伊勢の伝統製法であって、我が社の伝統製法であるともいえます」

ひじきの奥深さ

「最初は別にひじきじゃなくてもよく食品加工で職を探したんですが、やり始めたら奥が深かったというか、面白かったというのがありました」

北村氏はそう語ります。偶然の出会いから始まったひじき加工の仕事が、今では日本の文化を後世に残すという使命感へと変わりました。

「ひじきを食べていただくことで、日本人の健康に少しでも私たちが役立っているかなというふうに思っていますので」

五感による判断、地域の想い、伝統。これらすべてを商品に込められる地場産業の強みがあります。


アストライドのミッション

「想いをつなぎ、それが良品になる」

北村物産のコンセプトは、私たちアストライドの使命と重なります。海女さんたちの想いを、手洗いとバッチ式という手法で、顧客へ届ける。この想いの連鎖が、230年続く老舗の価値を支えています。

私たちアストライドは、これまでの200社以上の経営者インタビューに携わった経験を生かし、経営者の想いを映像として記録し発信することを使命としています。北村氏が「生産者の想いをつなぐ」と語るように、私たちもまた、経営者の想いと社会をつなぐ役割を担いたいと考えています。

「良品は客を招く」という社是。この言葉に込められた想いを記録し、未来に継承していくこと。それが、私たちの果たすべき役割です。

記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英

アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。