インタビュアーの視点 – そば切り 石垣|石垣雄介氏

三重県菰野町の湯の山温泉、アクアイグニス内の「湯の山素粋居」に佇む「そば切り 石垣」。店主の石垣雄介氏は、翁達磨一門の系譜を継ぐ手打ちそばの職人です。ミシュラン1つ星を獲得した大阪の名店「なにわ翁」で7年弱の修行を積み、達磨一門としては中部地方で初めての出店となりました。

そば業界の現状

そば業界は、健康志向の高まりと食文化の再評価により、プレミアム化の需要が拡大しています。立ち食いそばチェーンやコンビニエンスストアでも、十割そばや石臼挽き、国産そば粉を導入する動きが広がっている。

石垣氏はこう語ります。「僕らみたいな蕎麦専門店が何ができるかといったら、本当に細部までこだわる。その細部に至るまできっちりこだわって作っていくことが大事かなと思っています」

石垣氏が実践するのは、農家から仕入れたそばの実から、ゴミを取ったり石を抜いたり、皮をむいて粒をそろえ、石臼でひいて手打ちするという一連の工程。この作業を、一つ一つ丁寧に、毎日繰り返す。

江戸の粋に惚れ込む

石垣氏がそばの世界に入ったきっかけは、偶然の出会いでした。

和食や居酒屋を転々としていた中で、たまたま入ったそば屋。本当にシンプルな品ぞろえでした。おそばが5種類で一品は5種類。そのとき勤めていた店はメニューが100種類ぐらいあるような店だったので、その潔さや、どのメニューにもこだわりを感じる形に惹かれました。

「蕎麦が好きというよりも蕎麦屋自体に興味を持ち始めたのが先でした」

もともと「蕎麦前」と呼ばれる文化があります。蕎麦の前に日本酒と一品、最後に蕎麦で締めるという江戸の文化。そういうところに惹かれて始めたので、本格蕎麦屋を目指すことにしました。

本やいろいろな店に行く中で、次第に蕎麦が好きになっていき、そば打ち道場にも行きました。「たぶんこれは一生やりたいと思うだろうな」と感じたタイミングで、その時働いていたところを辞めて修行に入った。

見えてくるものが次々と

そば打ちはわかりやすい。自分が今どれぐらいのレベルか、見えてくるのでそれを楽しめました。でも3年4年経ってくると、もう一通りできるようになったなって思う。けれど4年経つとまた違うものが見えてきて、5年経つとまた違うものが見えてくる。やっていくうちに見えてくるものが、次々と出てくる。

「やはり『蕎麦をやりたい』というのが先にあるので、辛いとか、あれが大変だったなという覚えはなかったです」

修行で大変だったことは何かと問われ、石垣氏は笑顔で答えます。

「朝がつらいぐらいじゃないですか」

蕎麦をやっていること自体が楽しい。いつまでこの気持ちが続くかなと思っていましたが、いつまでも続く。毎日毎日、一日朝昼と蕎麦。それでも飽きない。石垣氏は常においしいなと思って食べている。

大吟醸のような蕎麦

翁達磨一門の蕎麦は、実の内側のみを使った雑味のないきれいな蕎麦が特徴です。石垣氏はその味をこう表現します。

「日本酒で例えたら真ん中の方が大吟醸。それと同じように蕎麦本来の味を出すのが翁達磨の蕎麦です」

田舎蕎麦と呼ばれるような、殻などを入れて香りを出すものとは違う。実の内側のみを使った、雑味のないきれいな蕎麦。うちの蕎麦を食べて甘味であったり香りであったり、蕎麦自体で何かを感じていただける。それが嬉しい反応だと石垣氏は語ります。

地域の素材と向き合う

当初は季節のざる蕎麦というメニューはありませんでした。

三重県菰野町名産のマコモダケを見て、使ってみたいなと思いました。菰野町「菰野のマコモ」と書いているので、何を合わせようかなというときに、「菰錦豚」という菰野町の豚肉を合わせてみたらおいしかったので始めた。秋冬になれば、鳥羽の方の牡蠣を使ったりする予定です。

ワサビとかネギにしても、もちろんこだわっている。以前も「普段はワサビを食べないけどこのわさびは全部使っちゃったわ」という方がいらっしゃいました。嬉しかった。やはり自分がおいしいと思ったものを、共感してもらえた。

そばの本質を伝える

「蕎麦はラーメンみたいにインパクトのある味ではない。『うまいなぁ、こんな蕎麦食べたことない』というような蕎麦は、なかなか作れないと思う」

石垣氏はそう語ります。

「でも、蕎麦ってこういう香りがするんだなとか、蕎麦ってこれだけ美味しいんだぞというのを伝えたい」

石垣氏が惚れ込んだそばとは、一品と日本酒、そして最後はそばで締めるというシンプルさ。明るく開放的な空間の中、本格そば、日本酒、数種類の一品料理を楽しむことができます。

このシンプルさの中に、作り手の想いが宿る。完全自家製粉、石臼製粉、手打ちという伝統的手法にこだわり、細部までこだわって作っていく。その一つ一つの工程に、石垣氏の想いが込められています。


アストライドのミッション

石垣氏の言葉には、そばへの深い愛情が宿っています。「蕎麦をやりたい」というのが先にあるので、辛いという覚えはなかった。朝がつらいぐらい。毎日朝昼と蕎麦を食べても、飽きない。常においしいなと思って食べている。

この言葉から伝わってくるのは、そば作りそのものへの純粋な喜びです。3年経てば一通りできるようになったと思う。でも4年経つとまた違うものが見えてきて、5年経つとまた違うものが見えてくる。この「見えてくるもの」を追い続ける姿勢が、石垣氏のそば作りを支えています。

私はこれまで、200社以上の経営者インタビューに携わる中で、数字やデータでは測れない「想い」こそが、事業を永続させる源泉であることを実感してきました。

石垣氏のように、自分の仕事に心から向き合い、飽きることなく探求を続ける。その姿勢を映像として記録し、未来に伝えていくことが、私たちの使命です。

記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英

アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。