インタビュアーの視点 – 天水窯|稲垣竜一氏

天水窯は、三重県四日市市に位置する萬古焼の窯元です。二代目の稲垣竜一氏が、種類豊富な釉薬を使い、海の青色を表現した独自の陶器を制作しています。2016年の伊勢志摩サミットでは、各国首脳の配偶者が出席した昼食会でワインカップが使用されました。その美しさと独自性は、国際的にも高く評価されています。

工芸品業界の背景

日本の工芸品市場は約1,500億円規模。後継者不足と技術継承の課題が深刻化し、需要の減少、安価な輸入品との競争、若年層の工芸品離れが課題となっています。効率化を追求する窯元が多い中、天水窯は自然の力に任せて焼き上げることで予期せぬ色を生み出す、唯一無二の作陶を続けています。

サーフィンで培った感性

稲垣氏は学生時代からサーフィンに親しんできました。インドネシアのレンボンガン島で出会った海は、サンゴの上を透き通る水が広がり、海底まで見渡せるほど透明だったそうです。太陽の光がプリズムのように七色に分かれ、海面や水中で輝いていた。波の力も形も、一つとして同じものはなかった。

「同じものは二度とないという自然の魅力」——稲垣氏がそう表現するこの体験が、天水窯の色彩の原点となっています。

自然の力に任せる

白い土に青い釉薬をかければ、きれいな青は出ます。しかし稲垣氏にとって、それでは単調で深みがない。窯の中で意図的に何かをするのではなく、炎が生み出す偶然性を活かしたい。計算通りにいかないからこそ面白い。思ってもいない色が窯から出てくる瞬間、自然の力を実感するのだそうです。

釉薬の種類

釉薬の種類は数えきれないほど。求める色によって配合を変えるため、自然と種類が増えていきます。真っ黒の釉薬が焼き上がると真っ白になることもあれば、配合を少し間違えただけで全く違う色になることも。

温度とタイミングによって、釉薬が流れたり重なったりする。そのデータをグラフで記録し、あとは窯の中で自然にお任せする。稲垣氏の作陶は、緻密な記録と自然への委託の両立で成り立っています。

父の紙切れ

稲垣氏の父は研究熱心な方でした。長年かけて釉薬を完成させ、稲垣氏も釉薬をかけるところ、焼くところを手伝っていました。知っているつもりでいた。

しかし父が亡くなり、釉薬を継ごうとしたとき、全く色が出ませんでした。30キロの電気釜を3〜4回全滅させ、もうやめようかと思った。

そのとき、父の作業日誌をめくっていたら、一枚の紙切れが落ちてきました。そこには釉薬の調合を改善したことが書いてあった。

「もうゾワーっとして。これは上から『お前、これやぞ。何をしとるんや』って言われてるのかなと」

この釉薬自体がムラができる性質を持っています。それをどう上手に焼き上げるか。15年経った今も、試行錯誤は続いています。

父の背中を見て

父が歩んできた道を、自分もかじらせてもらう。そこに携わることができるのは自分しかいない。稲垣氏はそう振り返ります。背中を見た上で、苦労してきた過程を自分も味わってみたい。その想いが、15年の試行錯誤を支えてきました。

真似をすることで勉強になる

いろんな作家の作品を勉強し、真似してみる。しかしその作家はずっと追求してやっているわけで、自分がパッと入って真似しても絶対に一緒にはならない。そこまでたどり着くこともできない。

しかしその過程で、すごく勉強になる。いろんなことをやっているうちに、なんとなく自分のスタイルができてきた——稲垣氏の言葉からは、試行錯誤そのものを楽しむ姿勢が伝わってきます。

青い器の魅力

青い器は何にでも合わなさそうに見えますが、実は合う。トマト、パスタ、ポテトサラダのような白いものでも、きれいに見える。角度によっていろんな表情が生まれます。

「いろんな海を見てきたから出せる色かなと思ったりもしています。サーフィンをしていた経験は、無駄になっていなかったかなと」

学生時代からの経験が今の作陶につながっている。稲垣氏の言葉には、その実感がこもっていました。


アストライドのミッション

「もうゾワーっとして。これは上から『お前、これやぞ。何をしとるんや』って言われてるのかな」

稲垣竜一氏のこの言葉に、私は深く心を動かされました。

父が長年かけて完成させた釉薬。その技術を継ごうとしたとき、全く色が出なかった。30キロの電気釜を3〜4回全滅させ、諦めかけたとき、父の作業日誌から落ちてきた一枚の紙切れ。15年の試行錯誤は、父との対話だったのかもしれません。

私はこれまで、200社以上の経営者インタビューに携わる中で、経営者一人ひとりの想いや価値観に触れてきました。稲垣氏が父の紙切れを見つけたときの「ゾワーっとした」という表現、「背中を見た上で、苦労してきた過程を味わってみたい」という言葉。これらは、映像だからこそ伝わる力を持っています。

アストライドは、経営者の想いをより広く届けるために、映像制作とその価値の発信に取り組んでいます。本映像では、サーフィンで培った感性、父から受け継いだ技術、そして15年以上の試行錯誤が、稲垣竜一氏自身の言葉で語られています。

記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英

アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。