インタビュアーの視点 – にしまちバインミー|中村紗也香氏
にしまちバインミーは、三重県いなべ市北勢町阿下喜の西町通りに店を構えるベトナムサンドイッチ専門店です。オーナーの中村紗也香氏が、夫婦二人で営んでいます。
バインミーとは、フランスパンにレバーペースト、ハム、なます、ハーブ類を挟んだベトナムの伝統的なサンドイッチです。フランス統治時代の影響を受けたパン文化と、ベトナム固有の食材や調味料が融合した料理として知られています。にしまちバインミーでは、このバインミーに加えて、フォーやベトナムカレー、ベトナムコーヒーなども提供しています。
日本におけるエスニック料理市場
日本の外食産業市場は約25兆円規模とされ、そのうちエスニック料理市場は約5,000億円、ベトナム料理に限ると約500億円程度と推計されています。都市部ではエスニック料理への関心が高まり、チェーン店の進出や価格競争も激化しています。
一方で、地方都市においては認知度の低さや集客の難しさが課題となっています。「バインミー」という言葉自体が知られていない地域も多く、まず何を提供する店なのかを伝えるところから始めなければなりません。
このような環境の中で、にしまちバインミーは都市部への出店ではなく、あえていなべ市という地方の小さな町を選びました。そこには、中村氏ならではの理由があります。
ベトナムでの原体験
中村氏がバインミーと出会ったのは、20代前半でベトナムを訪れたときのことです。屋台で何気なく食べた一口が、忘れられませんでした。
帰国してからも、あの味を求めて日本国内を探しましたが、同じものは見つかりません。「また食べたいなら、自分で作るしかない」。その想いが、にしまちバインミー開業の原点となりました。
旅先での偶然の出会いが、一つの事業になる。その過程には、単なる思いつきではない、味への執着と覚悟がありました。
手作りへのこだわり
にしまちバインミーでは、ハムもレバーペーストもすべて自家製です。ベトナムでは「チャールア」と呼ばれるハムが市販されていますが、中村氏は既製品を使うことを選びませんでした。
ミンチ肉を押し固め、成形して蒸し上げる。この工程をすべて手作業で行うことで、にしまちバインミーならではの味が生まれます。時間はかかりますが、「手作りだから自信を持って出せる」「同じものは誰にも作れない」という思いが、その手間を支えています。
パンは、地元「にぎわいの森」にある「魔法のぱん」にオリジナルで焼いてもらっています。一般的なフランスパンとは異なり、バインミーに合うよう発酵の具合や硬さを調整してもらった特別なパンです。ベトナムのバゲットは軽い食感が特徴で、その軽やかさを再現するための工夫が凝らされています。
いなべの食材と人々
野菜はできる限りいなべ産のものを使用しています。特にパクチーは、藤原町にある「のりちゃん農園」から仕入れた無農薬のものを使っています。水耕栽培のパクチーとは香りの強さがまったく違う、力強い風味が特徴です。
中村氏は以前、四日市に住んでいました。都市部でバインミー店を開いていたとしても、これほど注目されることはなかっただろうと振り返ります。いい意味での田舎だからこそ、新しいことを始めると地域の人々が関心を寄せてくれる。歩いて買いに来てくれる人、自転車で立ち寄ってくれる人。「バインミーって何?」「誰がやってるの?」と興味を持って声をかけてくれる人たち。
その反応に触れたとき、「いなべの人がこんなに受け入れてくれるんだ」と実感したといいます。地域の中で自然と関係が育まれていく。それは、効率や集客数では測れない価値です。
昭和レトロな路地との出会い
にしまちバインミーが店を構える西町通りは、昭和レトロな雰囲気を残す路地です。本町通りから入ると山が見え、夕方になると街灯がぽんぽんと灯る。路地の先には神社がある。初めてこの通りを歩いたとき、中村氏は「ここに住めたらいいな」と感じました。
物件を見つけてから、決断は早かったといいます。空き家だった民家を改装し、ベトナムのローカルカフェを思わせるレトロでカラフルな内装に仕上げました。ベトナムの雑貨も並べ、まるでベトナムを訪れたような空間を作り上げています。
この場所を選んだ理由は、立地条件や商圏分析ではありません。この路地の雰囲気が好きだから。それだけの理由で、ここに店を構えることを決めました。
夫婦二人で回せる規模
中村氏が考えているのは、夫婦二人でできる店であること。この立地とこのキャパシティが、ちょうど適切に回る規模だと考えています。
拡大志向ではなく、身の丈に合った商いを続ける。大きく成長させることよりも、手作りの味を守り、地域との関係を大切にしながら、無理なく続けられる形を選んでいます。その姿勢は、効率や拡大を追求する現代の飲食業界において、一つの在り方を静かに示しています。
アストライドのミッション
「手作りだと自信を持って出せる。同じものは誰にも作れないと思う」
中村氏のこの言葉に、私は深く共感しました。
私はこれまで、200社以上の経営者インタビューに携わる中で、経営者一人ひとりの想いや価値観に触れてきました。中村氏が語る「あの一口が忘れられなかった」という言葉、「いなべの人がこんなに受け入れてくれるんだ」という驚きと喜び。これらの言葉は、映像だからこそ伝わる力を持っています。
にしまちバインミーの価値は、市場規模や売上では測れません。20代で出会った忘れられない味を再現するために、ハムもペーストもすべて手作りする。その土地の雰囲気が好きだからという理由で店を構える。夫婦二人で回せる規模を大切にする。
こうした一つひとつの選択が、にしまちバインミーという店を形作っています。
アストライドは、経営者の想いをより広く届けるために、映像制作とその価値の発信に取り組んでいます。本映像では、中村氏がなぜこの地でバインミーを作り続けるのか、その想いが自身の言葉で語られています。効率や規模では語れない、地方で商いを営む一人の経営者の姿がここにあります。
記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英
アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。




























