インタビュアーの視点 – 株式会社大藤工務店|村木剛氏
四日市市に拠点を構える株式会社大藤工務店を訪れた時、代表取締役社長の村木剛氏から聞いた一言が忘れられません。「気持ちを形に表すというか、お客様が思ったものを思った通り、いかに作れるかというところ」。この言葉には、単なる建築業という枠を超えた深い哲学が宿っています。
大藤工務店を取り巻く環境
2022年7月の取材当時、住宅業界はコロナ禍による生活様式の変化と低金利政策の恩恵を受け、新たな需要創出の時期にありました。リモートワークの普及により、住環境への関心が高まり、特に若い世代の住宅購入意欲が回復傾向にあった時期です。四日市市という工業都市の特性も相まって、製造業従事者を中心とした安定した住宅需要が見込める環境にありました。
そうした中で、大藤工務店は住宅建築を中心としながらも、福祉関係、商業施設、店舗関係まで幅広く展開。「20%ぐらいが完全な注文住宅」と村木社長が語るように、多様な建築ニーズに応える総合力を武器としていました。
「営業マンがいない」という選択
何より印象深いのは、村木社長が語る大藤工務店独自の営業戦略です。「営業マンという肩書きの人がいない中で、いかに良い建物を提供してお客さんに喜んでもらうか」。一般的な工務店が営業力強化に注力する中、大藤工務店は真逆のアプローチを貫いています。
「80%ぐらいがご紹介からです。やっぱりいいものをお客さんが紹介したいというのは絶対あると思うから」。この言葉からは、製品・サービスの品質こそが最強の営業力であるという揺るがない信念が感じられます。営業活動に頼らない経営は社歴の浅い方からすると一見、危険な賭けのようにも思えますが、自社の技術力と顧客満足度への絶対的な自信の表れであり、これが90年の歴史を作ってきた大藤工務店のDNAだと言えます。
現場を知る経営者の矜持
村木社長は現場監督出身という経歴を持ちます。「プロとして自信がないとお客様に言われることに時にはNOが言えないと。本当にお客様のことを思えば、技術と心のプロ集団として日々勉強しながらいろんな知識、技術を身に付けてお客さんに良い形でご提案したい」。
この言葉からは、単なる受注請負業を超えた、顧客の真のニーズを汲み取るパートナーとしての姿勢が伝わってきます。現場を知り抜いた経営者だからこそ語れる、技術的専門性と人間的な温かさを両立させた組織作りへの強いこだわりを感じずにはいられません。
「ひょこっと」行く距離感の妙
大藤工務店と顧客との距離感には独特の親しみやすさがあります。「お客さんのところにひょこっと行くのは大の得意」と小西常務取締役が語る表情からは、形式張った業者と顧客の関係を超えた、より人間味のある付き合いを大切にしていることがよく分かります。
「ありがとうって言ってもらうために。道中いろんなことはあると思います。大変な現場もあります。苦労もありますけども、苦労を重ねることによって人としての成長もできますし会社としても成長している」。村木社長の言葉は、短期的な利益よりも、長期的な関係性の中でお互いが成長していこうとする温かな姿勢がにじみ出ています。
時代が変わっても変わらない価値
建設業界にDXの波やAI技術の導入が加速する現在、大藤工務店が貫く「心を形に」する哲学は、その真価をより一層発揮しているように思われます。技術が高度化すればするほど、顧客の想いを汲み取り、それを具現化する人間力こそが真の差別化要因となるからです。
村木社長の「人と人がやっていることなので、同じ方向を向いて進んでいける」という言葉は、AI時代だからこそ再評価されるべき経営哲学かもしれません。技術革新が進む今だからこそ、人と人との信頼関係を基盤とした経営の持つ意味は、むしろ深まっているともいえるではないでしょうか。
四日市の工務店から学ぶ、真の顧客志向とは何か、そして持続可能な事業とは何か。営業力に頼らず紹介だけで事業を拡大させるその手法は、業界を問わず多くの経営者にとって考える価値のある事例ではないかと感じています。
記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英
アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。


























