「みんなの知恵」で道路を支える暁興産の家族経営学

三重県四日市市に隣接する川越町で、アスファルト輸送の専門企業として半世紀以上の歴史を刻む株式会社暁興産。代表取締役社長の伊藤康彦氏が語る経営哲学には、技術への敬意と人への愛情が深く織り込まれています。高度成長期の昭和41年創業から現在まで、石油化学コンビナートと共に歩んできた同社の姿勢は、現代のものづくり企業にとって示唆に富むものがあります。

アスファルト輸送を取り巻く環境

四日市は戦後復興期以降、石油化学工業の一大拠点として発展してきました。暁興産の創業は昭和41年(1966年)、まさに日本の高度成長期真っ只中の時期。「四日市という土地柄、石油の産業が多いですからね」と伊藤社長が語るように、地域の産業特性と歩調を合わせて事業を拡大してきた経緯があります。

同社の主力事業であるアスファルト輸送は、事業全体の7割を占めています。アスファルトは「粘り気があるんですけど、なかなか混ざらないんですよね」表現される特殊な性質を持つ材質で、技術進歩による取り扱いが以前と比べ複雑化しています。道路舗装の高機能化が進む現代において、樹脂やゴムを配合した高性能アスファルトの輸送技術は、インフラ品質を左右する重要な要素となっています。

「これみんな社員の知恵です」という技術開発

暁興産の技術開発の特徴は、社員一人ひとりの創意工夫を基盤としていることです。同社が保有する50台近くのタンクローリーは「一台として同じ仕様はない」という試行錯誤の末に生み出された、1台1台仕様が異なるカスタマイゼーションが施されています。

「そういうことを毎回毎回やるんですよ。毎回やるんですけど、ほとんど失敗です」と伊藤社長は率直に語ります。しかし、その失敗を重ねる過程で生まれる技術革新に対して、「これみんな社員の知恵ですねー。みんな面白がって楽しみみたいにやってますからね」と深い信頼を寄せています。

例えば、油圧装置の冷却システムは「10年かかりまして、やっと今のこの形になった」という長期間の試行錯誤の結果によるもの。市販品では対応できない現場のニーズに対し、「そしたら自分で作ってしまうか」という発想で自社開発を続ける姿勢からは、真のイノベーションの本質が見えてきます。

「家族である以上は家族である義務がある」経営哲学

伊藤社長の経営哲学の中核にあるのは、社員を「家族」として捉える考え方です。しかし、これは単なる温情主義ではありません。「甘い家族ではないんですけどね。家族である以上は家族である義務があると思いますのでね」という言葉からは、相互の責任と信頼に基づいた関係性への深いこだわりが伝わってきます。

特に運転手に対しては、「君は俺の代わりに仕事してもらってる。俺の代わりに外へ出てもらってるから、だからもしトラブルや事故があっても故意でやろうと思ってやってないと思う。これ全部会社で守るから、きちんと正直に報告してくれ」と伝えています。この言葉からは、安全第一という実務的な要請と、人間への深い信頼が一体となった経営姿勢が感じられます。

また、ドライバーにとって「自分が運んだアスファルトで道路が舗装されているという実感」は、仕事への誇りの源泉となっています。「誰も知りませんけどね、そんなことは。だけど自分としては実感がある」という伊藤社長の観察からは、見えない貢献に対する適切な評価の重要性が浮かび上がってきます。

「土俵際で大技をかけない」経営スタイル

同社の経営アプローチは、大胆な成長戦略よりも着実な前進を重視しています。「半歩進んでみてからよく確認して、また半歩」という伊藤社長の表現は、不確実性の高い現代において重要な示唆を含んでいます。

「土俵際で大技はかけない。土俵の真ん中であれば少し技をかけて失敗しても、すぐに体勢を戻せますからね。逆転負けはないですからね」という比喩は、リスク管理と革新のバランスを巧みに表現しています。60歳を迎えた現在、「やっぱりもっと大胆にやってきた方が良かったかなと今はそう思う時もありますけど」と振り返りながらも、「これは自分のカラーだと思います」と自身の経営スタイルを表現されていました。

時代を超える価値

暁興産の経営手法は、現代のイノベーション経営に多くの示唆を与えています。第一に、技術開発における「失敗を恐れない文化」の醸成は、変化の激しい現代において企業の適応力を高める重要な要素です。第二に、「家族」という概念を現代的に再定義した人材マネジメントは、人材確保が困難な時代における有効なアプローチです。第三に、急激な変化よりも持続可能な成長を重視する姿勢は、ESG経営の文脈においても評価されるべき視点です。

四日市の石油化学工業と共に歩んできた暁興産の半世紀は、地域と産業、技術と人間、革新と安定のバランスを追求し続けた軌跡です。その経験から生まれた知恵は、不確実な時代を航海する企業にとっても学びのある、確かな羅針盤になっているのではないかと考えています。

記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英

アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。