インタビュアーの視点 – 御絲織物株式会社|西口裕也氏
明治7年(1874年)、三重県多気郡明和町で紺屋(染物屋)として創業した御絲織物株式会社。手織りから機械織へ、そして昭和に入り力織機へと、時代とともに技術を進化させながら、松阪木綿(御糸織)を会社規模で生産する唯一の企業として今日に至ります。
5代目代表取締役社長・西口裕也氏。140年以上続く伝統を受け継ぎ、天然藍を使用した藍染めにこだわり続けています。
松阪木綿の歴史と現状
松阪木綿は、江戸時代から松阪市に伝わる伝統的織物です。最盛期には50万反もの生産量を誇り、江戸への出荷量は膨大なものでした。歌舞伎役者が縞模様の着物を着ることを「マツサカを着る」と表現するほど、全国的に認知された地域産品です。
しかし、時代の変化とともに、かつて1000軒以上存在した織工場は次々と姿を消していきました。現在、松阪木綿や御糸織を会社規模で生産しているのは、御絲織物株式会社ただ一社。伝統工芸業界全体が後継者不足と技術継承の危機に直面する中、同社は天然藍染めの技術を守り続けています。
天然藍へのこだわり
「天然藍で染めて織る。これが松阪木綿の基本だと思うので、その柱の部分は大事にしていきたい」
西口氏はこう語ります。約50種類のカラーラインナップを誇る御糸織。昔からの伝統的な柄に加え、新たに考案した柄も展開していますが、その根底にあるのは天然藍へのこだわりです。
天然藍は、タデアイの葉を発酵させた「すくも」から生まれます。その管理は容易ではありません。温度や湿度に左右され、藍の発酵状態を常に見極める必要があります。「人によって病気にかかりやすさが違うように」と西口氏が例えるとおり、微生物の状態は一定ではなく、職人の経験と感覚が不可欠です。
天日干しが生む発色
「苦労はするが、いいものを染めて、いいものを織りたい」
この想いが、西口氏のすべての判断の軸となっています。染めた糸を乾燥させる際、乾燥機よりも天日干しのほうが発色が良い。だから天日干しを選ぶ。毎日天気予報が気になる。苦労はある。それでも、より良い製品のために、あえてその方法を選び続けています。
天然藍染めには、化学染料と異なり、多少のムラが生じます。しかし西口氏は、このムラを「味のうち」「天然染料の証」として捉えています。化学染料のほうが均一に綺麗に染まることを認めながらも、天然藍染めの風合いを大切にする。この姿勢が、御絲織物株式会社の製品に独自の価値を与えています。
力織機が紡ぐ風合い
御絲織物株式会社が使用する力織機は、今では珍しい存在となりました。最新の織機と比べれば、効率面では劣るかもしれません。しかし、お客様からは「独特の風合いがあって、味がある」と評価されています。
西口氏は語ります。「不具合があるところも味がある、とお客さんにも言っていただいています」
この力織機が生み出す独特の風合いは、機械では再現できない価値です。染めと織り、両方の工程で「味」を大切にする姿勢が、御糸織の品質を支えています。
藍とともに生きる
「お客さんからは『匂いがきつい』と言われるんですけど、私は子供の頃からずっとこの藍に慣れているので、そんなに思わないんです。むしろ、この匂いがなかったら変な感じがする。本当に藍とともに生きとるっていう感じですね」
西口氏のこの言葉には、140年以上続く伝統の重みが凝縮されています。藍染めの環境が、身体と感覚に深く染みついている。それは幼少期からの原体験であり、生き方そのものです。
5代目として、先代から受け継いだ技術と想い。それを次の世代へとつなぐ責任。最盛期には1000軒以上あった織工場の中で、唯一残った企業としての使命。これらが西口氏を支えています。
顧客との対話が生むやりがい
「藍染を好きな方は、私以上に藍染のことが詳しくて。『これは何回染めた』とか『この柄がいい』とか、すっごい嬉しそうに語ってくれるんですよね。それを聞くと本当にやりがいになって、ますます藍が好きになる」
西口氏は、顧客との対話から大きな喜びを得ています。製品作りの過程で生じる悩み——うまく染まるか、うまく織れるか——を「いい悩みのタネ」と表現する姿勢からは、ものづくりへの深い愛情が伝わってきます。
藍染めを愛する人々とのつながり。それは、唯一残った企業として孤独に歩む道のりを支える、かけがえのない存在となっています。
伝統と革新の両立
御絲織物株式会社は、伝統を守りながらも、新たな挑戦を続けています。従来の濃紺を主体とした柄に加え、藍色の中で最も薄い「かめのぞき(うるみ)」を使用した新たなデザインにも取り組んでいます。
しかし、その根底にあるのは変わりません。「天然藍で染めることを基本として、その柱となる部分を大事にしていきたい」という想い。新しい柄を考案しても、天然藍へのこだわりは揺らぎません。
140年以上の歴史の中で培われた技術と、それを受け継ぐ想い。御絲織物株式会社は、これからも松阪木綿・御糸織の伝統を紡ぎ続けていきます。
アストライドのミッション
私はこれまで200社以上の経営者インタビューを制作してきました。その中で、西口氏のように「苦労はするが、いいものを染めて、いいものを織りたい」という想いを貫く経営者に、数多く出会ってきました。
最盛期には1000軒以上あった織工場の中で、なぜ御絲織物株式会社だけが生き残ったのか。その答えは、単純な効率や収益性では測れません。天然藍へのこだわり、職人の経験と感覚への信頼、天日干しによる発色への追求——これらの積み重ねが、唯一無二の価値を生み出してきました。
「藍とともに生きとる」という西口氏の言葉には、140年以上の歴史と、次世代への責任が込められています。この想いを映像として記録し、未来へ伝えること。今なお、それが私たちアストライドの使命です。
経営者の想いを、次の世代へ、そして社会へ届ける。私たちは、その伴走者であり続けます。
記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英
アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。

































