インタビュアーの視点 – きんこ芋工房 上田商店|橘麻衣氏、上田圭佑氏

三重県志摩市で伝統的な干し芋「きんこ芋」を製造・販売する上田商店。きんこ芋は、煮切り干し製法で作られる干し芋で、海女が休憩時に重宝してきた郷土食です。昔はどの家でも家庭で作られてきた保存食でした。

代表取締役の上田圭佑氏が農業・栽培を、専務取締役の橘麻衣氏が販売・スイーツ加工を担当。橘氏が店長を務める「灯台カフェ」では、安乗岬の絶景を楽しみながら、きんこ芋を使った創作スイーツを提供しています。

干し芋産業の構造

2022年時点で約500億円規模の日本の干し芋・さつまいも加工業界。手軽さと保存性から日常的なおやつとして定着し、家庭用・業務用ともに安定した需要を維持しています。

一方で、伝統製法への関心の高まり、地元産食材を使った高付加価値商品、無添加製品への需要拡大といった新しい潮流も生まれています。六次産業化とサステナビリティへの意識変化が、業界に変革をもたらしています。

「不可能」を覆した20年

上田商店の原点は、父・久和氏の執念にあります。

18歳の時、周囲から「きんこ芋は家庭のおやつ。商品として流通は不可能」と反対されました。しかし「そんなことはない」という強い信念を持ち、20年かけて製法を工夫。水分量が多くても傷まないよう、乾燥機の温度・湿度や天日干しの加減を見極め、究極の干し加減を極めました。

この「あきらめない」姿勢は、子供たちにも受け継がれています。大量注文が来ても「あと何日干さないと美味しくない」と納期を延ばす。風向きが変われば「干すのをやめる」と即座に判断。美味しさを追求するために、父は妥協しません。

希少品種「隼人芋」の価値

上田商店が使用する「隼人芋」は、伊勢志摩特産のさつまいもで、全国でもほとんど作られていない希少品種です。βカロテンが豊富で「人参芋」とも呼ばれ、赤みがかった果肉と多い水分量が特徴です。

干し芋にすると適度に水分が抜け、みずみずしい羊羹のような独特の食感に。栄養価の高さから、海女や漁師が休憩時の栄養源として重宝してきました。全国の干し芋とは一線を画す、隼人芋でしか出せない独特の風味が生まれます。

伝統製法が生む優しい甘み

煮切り干し製法という日本古来の技法を守る上田商店。砂糖を一切加えず、芋本来の味を大切にします。

「あまり手を加えてしまうと、きんこ芋の良さがなくなってしまう」

6時間の長時間蒸しで旨みを凝縮。乾燥機で9割乾燥させた後、最終仕上げは天日干し。「中心まで均一に乾かすには、天日でゆっくり干すしかない」。品質への妥協なき姿勢が、爽やかであっさりとした優しい甘みを実現しています。

家族それぞれの役割

明確な役割分担が上田商店の強みです。

圭佑氏は当初農業を敬遠していました。「すごいしんどい仕事だなあと、農業をやりたくないなという思いは正直ありました」。しかし5年かけて作業を体得。「覚えては忘れ、覚えては忘れを繰り返しながら、5年ぐらい経って体に染みついてきた」。現在は「50点ぐらい」と謙遜しながらも、農業の負担を減らしつつ品質向上を追求しています。

人見知りだった麻衣氏は、調理師の経験を活かしスイーツ開発を担当。「上田商店としての私の役目は、スイーツの製造ももちろんなんですけど、販売をしていくこと、広げていくこと、営業していくこと」。それぞれ苦手なことを克服しながら、家族で支え合う経営体制が確立されています。

「私がきんこ芋チップスにしたいと言うと、商品として流通できるようにしてくれるのが父であり弟であり兄。そういったバランスかもしれないですね」

地域に根付かせる使命

「きんこ芋を残していくことが私の使命だと思っています。自分たちを育ててくれたのがきんこ芋であるので、それを後世に残したいと思うのは、ごくごく自然な考えなのかもしれないです」

圭佑氏はこう語ります。加工場の規模を大きくして大工場にするという考えはなく、加工できる期間を伸ばして、地域に安定した雇用を長く作っていくこと。それが上田商店の選択です。

伝統から新たな価値へ

20年かけて研究された煮汁は「芋蜜」として商品化されました。

「私が小学校ぐらいの頃から、父が台所の横でコトコト煮て、試作を毎年毎年作っていたというのはすごく覚えています。それがやっと完成したというところに、すごく嬉しかったです」

麻衣氏は語ります。「ほしいもて地味な食べ物なので、なんとか美しく仕上げて、お店に出していきたい」。灯台カフェの「きんこ芋プレミアムパフェ」は、その想いの結晶です。伝統を守りながら、新たな価値を創造し続けています。


アストライドのミッション

私はこれまで200社以上の経営者インタビューに携わってきました。その中で、上田商店のように「後世に守り継いでいくことは当たり前」という想いを軸に事業を展開する経営者とのご縁に恵まれてきました。

「不可能」と言われた商品化に20年かけて挑戦した父。その姿を見て育ち、それぞれの役割を果たす子供たち。「自分たちを育ててくれたのがきんこ芋」という言葉には、家族の歴史と地域への想いが凝縮されています。

経営者の想いを映像として記録し、次の世代へ伝えること。それが私たちアストライドの使命です。「家庭のおやつを全国に」という上田商店の挑戦を社会へ届ける伴走者として、私たちはこれからも歩み続けます。値があるはずです。私たちは、その価値の発見と継承を支援し、企業の持続的な成長をサポートします。

記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英

アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。