インタビュアーの視点 – 海島遊民くらぶ|江崎貴久氏
海島遊民くらぶは、三重県鳥羽市を拠点とするエコツアー企画会社です。代表取締役の江崎貴久氏は、1974年に鳥羽市で生まれ、京都外国語大学卒業後、東京で就職。1997年に実家の老舗旅館「海月」を再建するために帰郷し、5代目女将となりました。
2000年、江崎氏は同級生4人とともに有限会社オズを設立。「海島遊民くらぶ」としてエコツアーの企画・運営を始めました。「鳥羽を訪れた人が何も体験することなく帰ってしまうのは残念」という思いが、事業の出発点でした。
エコツーリズム業界の現状
日本の観光市場は約20兆円規模といわれますが、エコツーリズム市場はその中で約1,000億円程度と推計されています。体験型ツアーへの需要は拡大傾向にあるものの、観光業界全体では季節変動や価格競争、人材不足といった課題が山積しています。
多くの観光事業者が効率化を追求し、コスト削減に走る中で、海島遊民くらぶが選んだのは別の道でした。地域の自然や文化を守りながら、観光客に深い体験を提供する。そのために、地元の海女さん、漁師、飲食店との連携を広げていく。投資効率だけでは測れない価値の創造に取り組んできました。
「人が暮らす島がある」という原点
映像の中で、江崎氏はこう語っています。
「ここで生まれて育ったんですけれども、この風景が当たり前だったんですが、やっぱりここには人が暮らす島があるっていうのが、私たちのこのサービスの原点になっています」
鳥羽市には4つの有人離島と10以上の無人島があります。伊勢志摩国立公園の豊かな自然、伊勢海老やアワビといった海の幸、そして古くから続く海女文化。江崎氏にとって当たり前だった風景が、外から見れば特別な価値を持つことに気づいた——その視点の転換が、海島遊民くらぶの事業を形づくっています。
現在、海島遊民くらぶでは年間を通じて約25〜30種類のプログラムを提供しています。「街中つまみ食いウォーキング」では鳥羽の商店街を歩きながら地元の味を楽しみ、無人島カヤックツアーでは伊勢志摩の海を自分の体で体験できます。リピーターの多い船釣りツアーでは、地元の漁師がガイドを務めます。
漁師がTシャツを着てガイドする
海島遊民くらぶの特徴は、地域の人々との深い連携にあります。
「うちの漁師さんたちが、うちのTシャツを着てガイドしてくれるんです」
江崎氏はそう語ります。通常、ツアー会社は自社のガイドを派遣しますが、海島遊民くらぶでは漁師自身が案内役を担います。シュノーケルや船釣りのツアーでは、海を知り尽くした漁師が観光客を連れて行く。夏休みには家族連れが訪れ、子どもたちが大きな魚を釣り上げて歓声を上げる。その笑顔を見ることが、漁師にとっても喜びになっています。
「漁師さんって、怖そうなイメージがあるじゃないですか。でも、みんなすごく優しいんですよ」
地域の人々も、自然とツアーの受け入れに協力するようになりました。観光客が何かを尋ねれば、地元の人が答えてくれる。「阿吽の呼吸」で連携が生まれ、観光客は鳥羽という地域そのものを肌で感じることができます。
海を見ると、おいしそうにみえる
江崎氏は、海の変化を敏感に感じ取っています。
「同じ磯を見ても、海藻の様子が全然変わっているんです。元気そうな海藻が生えているだけでも、そこからつながっているすべてが感じられてしまうから、海を見たらよだれが出るもん普通に」
地域で生まれ育ち、自然を肌で感じ続けてきたからこそ、環境の変化が見えてしまう。その感覚が、エコツーリズムへの取り組みを支えています。
海島遊民くらぶのツアーでは、観光客に「これをしなさい」「あれを学びなさい」とは言いません。自然や文化に少し耳を傾けてもらう、目を向けてもらう。それだけでいい、と江崎氏は考えています。押し付けではなく、きっかけを提供する。その姿勢が、結果として自然環境の保全につながっています。
「やりやすいからこそ、止めたらアカン」
エコツアー事業には、独特の難しさがあります。
「こういうビジネスのいいところと悪いところがあって、投資額が割と低いのでやりやすいんですよね。でも、辞めやすいんですよ。やりやすいからこそ、止めたらアカンし、この地域の中に競合ができてくるように、自分たちが立ち上げていかないといけないなって」
参入障壁が低いからこそ、継続することに意味がある。そして、自分たちだけでなく、地域全体でエコツーリズムが根付くように、先駆者として道を切り拓いていく。江崎氏のこの姿勢は、単なる事業経営を超えた地域への責任感を示しています。
2010年に鳥羽市エコツーリズム推進協議会会長に就任し、現在は伊勢志摩国立公園エコツーリズム協議会会長も務める江崎氏。環境省中央環境審議会の専門委員として行政にも関わりながら、三重大学大学院で漁業経済の博士号を取得しました。地域の持続可能性を実践と学問の両面から追求しています。
4者すべてにマイナスをつくらない
海島遊民くらぶの理念は明確です。
「自然と、暮らしている人と、お客様と、自分たち。この4つがどこにもマイナスを作らないということを、一番最初にお話しさせてもらっているんです。それが、続けていく秘訣ですからね」
自然環境を守る。地域住民の暮らしを尊重する。観光客に満足してもらう。そして、自分たちスタッフも幸せでいられる。この4者すべてにプラスを、少なくともマイナスを作らないことを、江崎氏は「笑顔絶えないまちづくり」と呼んでいます。
2009年、海島遊民くらぶは環境省のエコツーリズム大賞を受賞しました。当時、エコツーリズムといえば自然環境だけを対象とするネイチャーツアーが主流であり、「海島遊民くらぶの取り組みはエコツーリズムではない」という声もあったといいます。しかし、漁村文化や地域の暮らしを含めた活動が評価され、業界の概念自体を広げることになりました。
海女さんが海女になった理由
映像の中で、印象的なエピソードが語られています。
海外からの観光客が海女さんに「なぜ海女さんになったの?」と尋ねる。すると海女さんは「え?」と戸惑う。なぜなら、ここに生まれてここに育てば、海女になるのは当たり前のことだから。世界中を見て回って「ここがいい」と選んだわけではない。ただ、ここで生まれたから、ここで生きていく。
江崎氏は、その感覚を大切にしています。職業は選べる時代になったけれど、たまたまここに生まれて、ここに育った人たちが、楽しく生きていけるようにしたい。それは「生き物として普通のこと」だと江崎氏は言います。
アストライドのミッション
「自然と、暮らしている人と、お客様と、自分たち。この4つがどこにもマイナスを作らない」
江崎氏のこの言葉に、私は深く心を動かされました。
観光業において、効率化や収益性を追求すれば、どこかに「マイナス」が生まれやすくなります。自然環境への負荷、地域住民の生活への影響、スタッフの疲弊——どれかを犠牲にして成り立つ事業は、長続きしません。江崎氏が掲げる「4者すべてにマイナスをつくらない」という理念は、持続可能な観光の本質を突いています。
私はこれまで、200社以上の経営者インタビューに携わる中で、経営者一人ひとりの想いや価値観に触れてきました。江崎氏が「海を見ると、おいしそうにみえる」と語る瞬間、「やりやすいからこそ、止めたらアカン」と語る表情。これらの言葉は、映像だからこそ伝わる力を持っています。
アストライドは、経営者の想いをより広く届けるために、映像制作とその価値の発信に取り組んでいます。本映像では、エコツーリズムの理念と実践、地域との連携の深さ、そして「笑顔絶えないまちづくり」の真髄が、江崎氏自身の言葉で語られています。
記事を書いた人

アストライド代表 纐纈 智英
アストライド代表。前職を含め地域企業を中心とした200社以上の経営者インタビュー映像を制作。現在は「左脳と右脳のハイブリッド」を掲げ、戦略設計から映像・Web・各種コンテンツ制作まで手がける。 これまで音楽家として楽曲提供、行政職員として12年間 制度運用・予算編成等に従事。その後、NPO法人、映像・マーケティング分野に転じ、現在に至る。現在は大学非常勤講師として映像編集ソフトの操作指導も行う。




























