HomePodcast Program三重ノチカララジオ#02 憧れの港町は山の中だった ── よしの正英の大学時代と政治との出会い
三重ノチカララジオ 2026.07.09 20分5秒

#02 憧れの港町は山の中だった ── よしの正英の大学時代と政治との出会い

よしの正英

メインMC

纐纈智英

MC

三重県議会議員・よしの正英さんの半生をたどる第二回。四日市南高校で一度は成績を落としながら、歴史との出会いをきっかけに学びを取り戻した高校時代。そして「三重県を出たい」という一心で進んだ横浜国立大学では、憧れた港町が実は坂だらけの山の中だった──という等身大の学生生活が語られます。さらに1993年、細川政権誕生に沸くなかで経験した選挙事務のアルバイト、そして地盤も看板もなく20代で挑む新世代政治家との出会いが、のちの政治家・よしの正英を形づくっていきます。

このエピソードで話していること

  • 四日市南高校時代──成績が落ちた高一から、歴史をきっかけに立て直した高二
  • 「三重県を出たい」一心で猛勉強、憧れの港町へ。横浜国立大学に進学
  • パンフレットは港町、実際は山の中。坂の街・横浜での貧乏学生生活とヨット部
  • 1993年、細川政権誕生と選挙事務のアルバイト──政治が「身近」になった瞬間
  • 20代で地盤も看板もなく挑む新世代政治家・中田宏氏に感銘。「いつか自分も」の芽生え

こんな方におすすめ

  • よしの正英議員の人物像・原点を知りたい方
  • 四日市・三重県ゆかりの政治家の歩みに関心がある方
  • 1990年代の政治や横浜のまちの変化を懐かしみたい方
  • 地方から都会へ出た学生時代の等身大の話を楽しみたい方
  • 政治を志すきっかけやモチベーションに関心がある方

このエピソードからわかるQ&A

このエピソードのテーマは何ですか?

よしの正英議員の半生を振り返る第二夜です。四日市南高校時代から横浜国立大学への進学、そして1993年の選挙事務のアルバイトを通じて政治が身近になっていくまでを、当時のエピソードとともに語ります。

よしの正英さんはなぜ三重県を出て横浜の大学へ進んだのですか?

小・中・高を半径1キロほどの狭い生活圏で過ごし、都会や港町に強い憧れを抱いていたためです。「三重県を出たい」という思いで受験勉強に取り組み、港町・横浜にある横浜国立大学へ進学しました。

大学時代はどんな暮らしだったのですか?

憧れた港町のイメージとは違い、実際の大学は坂の多い横浜の山の中にありました。自転車で長距離を通う貧乏学生でしたが、ヨット部に入り、都会の変化を肌で感じながら楽しい学生生活を送ったといいます。

政治に関心を持つきっかけは何でしたか?

1993年、大学1年のときに経験した選挙事務のアルバイトです。細川政権が誕生し自民党が初めて下野した歴史的な局面に立ち会い、テレビの中の出来事だった政治が一気に「身近」なものに変わったと語ります。

「いつか自分も」と思ったのはなぜですか?

20代で地盤も看板もないまま挑む新世代の政治家・中田宏氏の選挙を手伝い、その理念に強く感銘を受けたためです。世襲でなくても政治は変えていけると実感し、いつか自分もという思いが芽生えました。

メインMC

よしの正英

三重県議会議員

三重県四日市市出身。1974年生まれ。横浜国立大学経済学部、京都大学法学部(法学専攻)を卒業後、岡田克也・中川正春議員等のもとで約9年間、国会議員秘書を務める。2011年に四日市市議会議員、2015年に三重県議会議員に初当選し、現在2期目(四日市市選挙区/会派「新政みえ」)。子ども食堂・学習支援、PTA、三重県ホッケー協会会長・四日市市アーチェリー協会会長など、政治の外でも地域とつながる活動を続ける。京都大学法学部で培った法的素養と、市政・県政双方の現場経験を活かし、制度や法律を生活者目線で翻訳しながら、三重県の歴史・まちづくり・暮らしを語る。

MC

纐纈智英

アストライド-Astride- 代表

https://www.ast-ride.com

「左脳と右脳のハイブリッド」を武器に、人の心の深層に迫るインタビュアー。行政職員として12年間、予算編成や徴収業務に従事した論理性と、音楽コンテストでグランプリを受賞した芸術的感性を併せ持つ。Adobeコミュニティエキスパートとして活動。これまでに200社以上の経営者インタビューを重ね、本人すら気づいていない「言葉にならない想い」を引き出し、ひとつの物語として残してきた。

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