HomePodcast Program三重ノチカララジオ#10 本当の終戦は9月2日 ── 三重県150周年と、平和を残す仕事
三重ノチカララジオ 2026.09.03 22分5秒

#10 本当の終戦は9月2日 ── 三重県150周年と、平和を残す仕事

よしの正英

メインMC

纐纈智英

MC

今日のテーマは「三重県の予算パート6」です。今年、三重県は誕生から150周年を迎えました。そして戦後81年。よしの正英さんは、この2つがちょうど重なる年だと言います。県名の由来は四日市にあった三重郡から。150周年事業は5300万円、未来につなぐ平和発信事業は629万円。数字の大小だけでなく、県が何を残そうとしているのかを、県政情報の中から読み解いていきます。

このエピソードで話していること

  • 三重県が今の形になったのは明治9年。廃藩置県のあと、北の津県と、伊勢を中心とする度会県に分かれていた。県庁所在地のある郡の名前を県名にせよという通達があり、県庁を持ってきた四日市にあったのが三重郡だったので「三重県」と名付けられた。伊勢神宮があるのに伊勢県にならなかったのは、伊勢の国が県域の4割弱で、ほかに伊賀・志摩・紀伊があったから。地名そのものは日本書紀のヤマトタケルの伝説に由来する。県庁はその後、津へ移った
  • 4月18日は三重県民の日。県立博物館や美術館など、県や一部の市町の施設が無料になる。今年は150周年で少し大々的に実施した。50年前の100周年の際に県庁前へ埋めたタイムカプセルを掘り出して4月18日に披露し、当時の雑誌や遊び道具に混じって、当時の知事の給与明細まで出てきたという
  • 150周年の展示は8月6日から三重県庁で始まり、9月18・19日は四日市の県庁舎(四日市南警察署の前)、28日から30日はふたたび三重県庁へ戻る。12月までイベントが続き、予算は5300万円。記念防災フェスタに1268万円をかけるのは一見知事らしい特出しだが、よしの正英さんは150年とのつなげ方に違和感があると率直に語る。かつて「うまし国三重 文化おこし事業」があったように、三重県の歴史や文化をもっと深掘りできる機会にしたかった、と一般質問でも取り上げてきた
  • 戦後81年の今年は、1945年から見て80年前が明治維新にあたる。昭和の戦前期がちょうど真ん中に来る節目として、平和を見直す必要がある。三重県の未来につなぐ平和発信事業は629万円。三重県と広島県の高校生が直接会いに行ったりオンラインで交流したりする取り組みや、県立博物館・四日市市立博物館での平和を考える展示が毎年行われ、夏休みの自由研究にも使われている。今年新しいのは、以前から録りためてきた戦争体験者の証言動画のアーカイブから重要な部分をピックアップしてPRすること。体験者が少なくなるなかで、いま残しておくことに意味がある
  • よしの正英さんが以前から主張しているのは、本当の終戦記念日は9月2日ではないかということ。8月15日は玉音放送でポツダム宣言を受諾した日だが、戦争自体は終わっておらず、連合国軍と日本が降伏文書に調印したのは昭和20年9月2日。8月15日の玉音放送は文章としても流れているが、9月2日の降伏文書を見たことがある人は多くない。国会図書館のデジタルアーカイブでは、重光葵外務大臣が調印に向かうための命令書なども公開されている。8月15日以降も千島列島などで戦闘は続いており、そこを知ることが平和を考える前提になる

こんな方におすすめ

  • 三重県の県名の由来や成り立ちを、きちんと知っておきたい方
  • 三重県誕生150周年の事業やイベントの中身と、その予算を知りたい方
  • 4月18日の三重県民の日に、どこが無料になるのか気になっている方
  • お子さんの夏休みの自由研究や、平和学習の題材を探している保護者・教員の方
  • 終戦記念日をめぐる史実を、8月15日だけでなく9月2日まで含めて捉え直したい方

このエピソードからわかるQ&A

なぜ「三重県」という名前になったのですか?

明治9年当時、県庁所在地のある郡の名前を県名にするようにという通達があり、県庁を置いた四日市が三重郡にあったためです。伊勢神宮があるので伊勢県になりそうなところですが、伊勢の国は県域の4割弱で、ほかに伊賀・志摩・紀伊があったため、伊勢だけを名前にはできませんでした。地名そのものは日本書紀のヤマトタケルの伝説に由来します。

三重県民の日はいつで、何がありますか?

4月18日です。明治9年のこの日に、北の三重県と南の度会県が合併して現在の三重県になりました。県立博物館や美術館をはじめ、県や一部の市町の施設が無料になります。今年は誕生150周年にあたるため、例年より大々的に実施されました。

三重県誕生150周年では、どんな取り組みが行われていますか?

予算は5300万円で、12月までイベントが続きます。50年前の100周年で県庁前に埋めたタイムカプセルを掘り出して4月18日に披露し、当時の知事の給与明細まで出てきました。展示は8月6日から三重県庁で始まり、9月18・19日は四日市の県庁舎、28日から30日はふたたび三重県庁で開かれます。

三重県の平和教育には、どんな事業がありますか?

未来につなぐ平和発信事業に629万円がついています。三重県と広島県の高校生が直接会いに行ったりオンラインで交流したりする取り組みや、県立博物館・四日市市立博物館での平和を考える展示が毎年行われています。今年新しいのは、以前から録りためてきた戦争体験者の証言動画のアーカイブから、重要な部分をピックアップしてPRすることです。

終戦記念日が9月2日ではないか、というのはどういう意味ですか?

8月15日は玉音放送によってポツダム宣言の受諾が国民に伝えられた日ですが、戦争そのものは終わっていませんでした。連合国軍と日本が降伏文書に調印したのは昭和20年9月2日です。8月15日以降も千島列島などで戦闘は続いており、そこまで含めて捉えることが平和を考える前提になる、というのがよしの正英さんの考えです。

メインMC

よしの正英

三重県議会議員

三重県四日市市出身。1974年生まれ。横浜国立大学経済学部、京都大学法学部(法学専攻)を卒業後、岡田克也・中川正春議員等のもとで約9年間、国会議員秘書を務める。2011年に四日市市議会議員、2015年に三重県議会議員に初当選し、現在2期目(四日市市選挙区/会派「新政みえ」)。子ども食堂・学習支援、PTA、三重県ホッケー協会会長・四日市市アーチェリー協会会長など、政治の外でも地域とつながる活動を続ける。京都大学法学部で培った法的素養と、市政・県政双方の現場経験を活かし、制度や法律を生活者目線で翻訳しながら、三重県の歴史・まちづくり・暮らしを語る。

MC

纐纈智英

アストライド-Astride- 代表

https://www.ast-ride.com

「左脳と右脳のハイブリッド」を武器に、人の心の深層に迫るインタビュアー。行政職員として12年間、予算編成や徴収業務に従事した論理性と、音楽コンテストでグランプリを受賞した芸術的感性を併せ持つ。Adobeコミュニティエキスパートとして活動。これまでに200社以上の経営者インタビューを重ね、本人すら気づいていない「言葉にならない想い」を引き出し、ひとつの物語として残してきた。

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